メンタルマネジメント

嫌われる勇気は本当に必要?嫌われたくない気持ちへの対処法

お米作りは一人ではできない

『嫌われる勇気』という本があります。

近年ベストセラーになって、ドラマ化もされました。

心理学の隠れた巨匠とされたアルフレッド・アドラーの考えを、日本語の対話形式でわかりやすくまとめられた本で、日本の多くの人に影響を与えたと言われます。

僕自身も、この『嫌われる勇気』を読み、続編の『幸せになる勇気』を読み、価値観に大きな変化を起こすことができました。何より、生きることがとても楽になりました。

ですが、気になるのは「嫌われる勇気」というタイトル。本の中身を読めば、決して「嫌われること」を推奨しているわけではなく、これが全てではないことがわかるのですが、こうやってベストセラーになればタイトルだけが一人歩きするもの……。

どうもインターネットなどで最近の風潮を見ていると、

  • 「嫌われるのは良いことだ!」とか
  • 「自分と価値観の合わない人とは仲良くならなくていい!」

という声をよく見かけます。

あるいは、

  • 日本人は人に嫌われないようにして、自分の主張をしない。それがダメなところだ。
  • 日本人は自分とは意見が違う他人がいると、その人と「仲が悪い」「嫌われた」と思ってしまう。そこは客観的な意見と、主観的な人間関係は分けて考えるべきだ。

といったことも目にします。

つまり、「嫌われたくない」と思うことは悪だという主張が多くなっているのです。

もちろん、これは『嫌われる勇気』の影響だけではないでしょう。時代の流れとして、こういう考えが起こっていて、多くの人が共感している状態だと思います。

ですが果たして、「嫌われたくない」という感情は本当に悪なのでしょうか?

「人に嫌われてでも、自分の意見や主張を通すべきだ」という考えは本当に良いものなのでしょうか?

この疑問について、最近気づいたことがあったので書いていきたいと思います!

「嫌われたくない」という感情は無くせない?

まず結論からお伝えすると

  • 「嫌われたくない」という感情は、これからの時代では人生の邪魔になる可能性が高い
  • けれど、日本人は「嫌われたくない」という感情を捨て去るのは難しい

という2つのポイントに集約されます。

詳しく説明するために、まずは後者の「“嫌われたくない”という感情を捨て去るのは難しい」についてお話しさせてください。

「嫌われたくない」が必須だった日本

僕がこのことに気づいたのは、農業を通じてでした。

僕は農薬や化学肥料を使わない自然栽培という方法で、お米を育てています。そして、当初はほとんど機械を使わずにお米づくりに取り組んでいました。

ここから学んだことは、「機械無しでお米づくりをするのは、めっちゃくちゃ大変!!!!」の一言に尽きます。もう本当に、想像を絶するくらい大変な労力と手間がかかる作業でした。

「こんなの、機械のない時代の人って、どうやってお米を育ててたんだろう???」

そんな疑問が純粋に浮かびました。そして、ハタと気づきます。

「そうかー。だから、近所の人と協力しあって、田植えや稲刈りをしていたんだな!!」

ということに。

僕自身は昭和56年の生まれなので、手作業でお米づくりをしていた様子を実際に見たわけではありません。ですが、歴史の教科書で、昔の人が大勢で田植えをする写真や絵を見たり、自分の祖父母や近所のお年寄りから昔の様子を聞いたりしていました。

つまり、農業機械が普及するまで、日本人は長い年月に渡って、近隣の人たちと協力しながらお米づくりをしていた、ということです。

そして、この「お米づくり」というのは、当時の人たちとって大きな意味を持ちます。それは、自分たちの食糧を確保するという意味であったり、江戸時代であれば「年貢」という形でお米を藩や幕府に納めていました。

つまり、「お米づくり」は自分たちの命を支えるものでもあり、社会的立場を確保するために絶対に必要なものだったわけです。

ここまでの話で何か見えてきませんでしょうか?

ここでもっとシンプルに整理してみると……

  • お米づくりは、生きるために必須のもの
  • お米づくりは、近隣の人たちの協力がないと出来ない

ということになります。

そして、この2つを繋げるとどうなるか?

近隣の人たちの協力がないと、自分は生きていけない

ということになります。

「人に嫌われる」=死

つまり、一言にギュッと凝縮すると、「人に嫌われると生きていけなかった」ということです。

近隣の人に嫌われて協力を得られなくなると、自分が食べるためのお米をつくれなくなり、死の危険が待っていたのです。

ですから、日本人に

  • 人に嫌われたくない
  • 人の目を気にしてしまう
  • 周囲の空気を読んでしまう
  • 自分の気持ちを押し殺してでも協調を優先しよう

という人が多いのは当然なのです。

なぜならば、「人に嫌われれば、自分の生命が危機に瀕する」という時代が永く続いていたからです。

これが今でも、多くの人の考え方や習慣に根強く残っているのではないでしょうか(おそらく幼い頃の教育で無意識に刷り込まれてしまう)。

つまり、「嫌われたくない」という感情は生存本能から来るものだと言えるのです。

「嫌われたくない」という気持ちは悪ではない

ですが、その反動なのか? 西洋文化の影響なのか? 『嫌われる勇気』の影響なのか? はたまた時代の流れなのか? 最近の風潮として、「人に嫌われる勇気を持とう!」という主張が多くなっています。

それはとても良いことだと思います。

けれど、ここでハマってしまうのは、

「“人に嫌われたくない”と思ってしまう自分はダメないんじゃないか?」

と思ってしまうことです。

かく言う僕も、この考えにハマってしまっていました(^^; もともと小さい頃から気が弱く周囲の目を気にすることが多かった僕は、大人になってからも人に気を遣ったり、「嫌われたくない」という感情を抱いていました。

いえ、今でも抱いています。この記事を書きながら、今これを読んでくださっているあなたに「嫌われたくない」と思っています。

そして、そんな自分を「ダメな奴だ」と思ってしまっていました。

  • 今の時代は自分の意見を率直に言えるようにならないと!
  • でも、やっぱり人の目を気にしてしまう……。人に嫌われたくない……。
  • 嗚呼、こんな風に「嫌われたくない」と思ってしまう自分は、なんてダメな人間なんだろうか……orz

という風に。

ですが、先ほどの話を踏まえれば、こんな風に考える必要は全くないのです。

「嫌われたくない」という感情は、長い間、日本人が生き抜くために必須だったものであり、多くの人の心に根付いてしまっている。

このことを踏まえれば、自分の中にも「嫌われたくない」という感情があるのは当然なのです。そして、それを否定する必要も全くありません。否定してしてしまえば逆に、自分の自信を落とすことになりますから。

ですから、「嫌われたくない」という感情は悪ではないのです。

もしあなたが「嫌われたくない」とか「人に良く思われたい」という感情を抱いていても、それは決して悪いことではありません。長い年月、日本人が培ってきた感情であり、ある意味「仕方のない」ものなのです。

次の時代へ進むために

とはいえ、「嫌われたくない」という感情が“良いもの”とも言えません

先ほど、「嫌われたくない」という感情は、機械が無い時代、集団で米作りする上では大切でした。しかし、今ではお米作りは大規模に機械化され、他人の協力を借りる必要がなくなっています。

また、その他の大きな変化として、今の時代は世界とグローバルに繋がっています。仕事でもプライベートでも、世界の様々な人たちとコミュニケーションを取りながら生きていくことが必要となっているのです。

そんな中にあって、「嫌われたくない」「人に良く思われたい」という感情に縛られるあまり、自分の価値観や考えを主張できないままでいては不利益を被ってしまいます。

特に、西洋文化の考え方では、

  • 自分の力で獲物をつかみ取れ!
  • 自らの手でどんどん道を切り拓け!

という風に(かなり個人的なイメージではありますが)、

  • 協調性を大事にしよう
  • 一緒にお米を育てよう

という日本古来の考え方とはかけ離れています。ですから、それらと対等に渡り合える力が、今の時代には求められているのです。

では、どうすればいいのか?

これはあくまでも個人的な仮説ですが、「嫌われたくない」という感情があることを肯定した上で、次の時代のために「自らの意見を主張する」という習慣を新たに身につけていく、ということになるかと思います。

先ほどお伝えしたように、「嫌われたくない」という感情は生存本能にも結びついたものなので、急に取り去ることは難しいです。ですが、そのままでいたら、今の時代を生き残っていくことは難しいので、時代の変化が起こっていることを認識し、それに対応するために新たな習慣を身につける必要があります。

つまり、遠い遠い昔、日本に農耕文化が伝わって、それに順応するために「嫌われたくない(=他人との協調)」という習慣を新たに身につけたように、次の時代に踏まえて、新たな習慣を身につけていく努力をするのです。

これは一朝一夕にできることではないでしょう。ですが、時代は確実に変化しているので、その流れを見定めて、意識的に考えや習慣を改めていくのが良いのです。

そして、グローバル社会で生き抜くために、「自分の意見をしっかりと主張する」という習慣を身につけていく必要があるでしょう。

過去を肯定した上で乗り越える

ここまで見てきたように、「嫌われたくない」という感情は、過去の積み重ねによって今の多くの日本人にも染み付いていると考えられます。

そして、“過去”を今から覆すことはできないので、「嫌われたくない」という感情を完全に払拭することは難しいです。

ですから、まずは“過去”の積み重ねである「嫌われたくない」という感情を肯定すること。ここがとっても大切なことになります。

ですが、この“過去”だけに留まっていては生きていけません。時代はどんどん変化しているので、“未来”に向かって自らにも変化を起こす必要があります。

ですから、「嫌われたくない」という感情がありつつも、次の時代を渡っていくために自らの意見や価値観をしっかりと主張し、グローバル社会においても不利益を被らない習慣を身につけるべきでしょう。

  • 過去の積み重ねである「嫌われたくない」という感情は否定しない
  • けれども、未来に向かって「自分の意見を主張する」勇気を持つ

この2つが「嫌われたくない」という感情への対処方法であり、今の時代を生きるコツになると言えるでしょう。

あなたにとっても、今回のお話が何かしらプラスになるところがあれば幸いです(^^) 最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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