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金銭を愛するのは悪いこと?!「お金が好き」の本当の意味とは?

「お金が好き」というのは悪

金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです

『テモテへの手紙第一』第六章第十節より

「私はお金が大好きです!」

「どうして日本では、お金に対して否定的な人が多いのでしょう?」

「みんな素直に『お金が好き』と言えば良いのに!」

というような発信を、ここ数年よく見るようになりました。

僕もインターネットでビジネスを学ぶコミュニティに参加していたので、こういった主張をする人が身近にいました。だから、僕も「お金が好きだし、『お金好き』って言おうかな?」「うん、言おう!」と思い、そういった発信をしたこともありました。

ですが、今から振り返ると、これってすごく奇妙なんです……。

あ。「お金が好き」ということを否定しているわけではないですよ! あくまでも“奇妙”というだけの話です。もっとわかりやすく極端に言うと

「お金が好き」って言うの、気色悪い……

ということです。

「それって思いっきり批判やんか!」と思われるかもしれません(^^; そうであれば、そう受け取っていただいて構いません。

ただ、「お金が好き」と言っていた当時の自分を振り返ると、やっぱり変だし奇妙なんです。

どうしてかというと、それって「車のガソリンが好きです!」って言っているようなものだから。

実は、お金って、車とその燃料であるガソリンで例えるとわかりやすいんですよね。そして、そう考えれば、「お金が好き」というのも奇妙だし、逆に「お金が嫌い」というのも変なんです。

今回は、そんなお金の話をしていきたいと思います。

 お金を追い求めた過去

ブログを訪れていただき、ありがとうございます! 「農マドワーカー」の辻林です。大阪の郊外で、自然農法のお米づくりをしながら、インターネット関連の仕事をさせていただいています。

僕が「お金」というものについて色々と考え始めたのは、その自然農法を始めた頃です。

「人や自然に優しい作物を届けよう!」と思って始めた自然農法だったのですが、ビックリするほどお金にならなかったのです(^^;; もちろん、自然農法が必ずそうなるというわけではなく、自分自身に原因があったのですが、そんな風にお金の問題と直面することになったのです。

そして、そこから「お金とはなんぞや?」「お金を得るにはどうしたいいのか?」みたいなことを沢山考え、本を読み、セミナーや教材を学び、ビジネスを学ぶためのコミュニティに参加したりしました。

「お金が好き!」だった頃の自分

実際、自分自身でも「お金を稼ぐこと」を目的にして、ビジネスをしたりしました。結果、一時は月収200万円を越えることもありました。

で。そうやってお金のためにビジネスをしていた僕は、紛れもなく「お金が好き」でした。

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↑こちらの記事でも少し触れたのですが、表面的な言葉には「お金が欲しい!」「お金が好き!」ということを出さなかったにしろ、心の奥にはそういった気持ちがありました。

ですが、そこから失敗や停滞も経験しました。そうやって色々な試行錯誤を経て今に至るのですが、冷静に振り返ると「お金が好き」というのはとても奇妙なのです。

お金はガソリンのようなもの

例えて言うのであれば、お金というのは車を走らせるためのガソリンに似ています。

お金にはそれ自体に何らの効果や価値はなく、それを何かに使うことで始めて効力を発揮します。

  • モノを購入する
  • サービスを利用する
  • 光熱費などを支払う
  • 事業に必要な材料や人材のために支払う

といったような感じですね。

生活に必要なモノやサービスの対価として支払ったり、事業(ビジネス)の運転資金として使って初めて、お金というものは現実に影響を及ぼします。

で。いま「運転資金」という言葉が出ました。

まさに、お金というのは、生活や事業を“運転”するためのものなのです。

生活を「運転だ」と捉えることは余りないかもしれませんが、自分のより良き未来のためや、家族とより幸せな方向へ向かうため、日々の生活というのはある種の“運転”と言えます。

つまり、プライベートな生活も、社会のための事業も、何らかの方向へ向かうための“運転”であり、その“燃料”に当たるのがお金というわけなのです。

「お金が好き」=「ガソリンが好き」

こうやって考えると、「お金が好き」というのが奇妙に見えてきませんか?

お金というのは、生活や事業を走らせるための“燃料”なのですから、それを「好き」というのは、「ガソリンが好き」と言っているのと同じようなことです。

もちろん、車を走らせるためにガソリンは必要です。絶対に欠かせないものです。だから、あって困るものではないですし、あるに越したことはないでしょう。

ですが、そこに「好き」という感情が入ると、なんだか話がややこしくなるし、奇妙になってしまうのです。

「ガソリンが好きです!」
「ガソリンがもっと欲しいです!!」
「ガソリンを沢山手に入れて幸せになるんです!!」

という人がいたら、なんか変ですよね……(^^;;

でも、昔の僕も含めて「お金が好き!」と主張するのは、こういった「ガソリン(燃料)のことが好き!」と言っているのと同じことなのです。

ガソリン(=お金)の量よりも「どう運転するか?」が大事

そもそもの話として、「ガソリンが沢山あるのが良い!」というのもおかしいです。

なぜなら、どんなに沢山の量のガソリンがあろうとも、

  • そのガソリンを使ってどこへ行くのか?
  • どんな風に車を運転するのか?

がなければ、そのガソリンを有効に使うことはできません。

仮に、大量のガソリンを所有していたとしても、使う目的や使う方法が見えていなければ、宝の持ち腐れになってしまうのです。下手をしたら、何かの拍子に着火して火事を起こし、自滅してしまうリスクだってあります。

また、「幸せになるかどうか?」は、もっとガソリンの量と関係ありません。

  • どの目的地に行けば、自分は幸せになるのか?
  • どんな風に車を走らせたら、自分が心地よくなるのか?

といったことが、自分の幸せの決め手になるのであって、ガソリンの絶対量によって幸せが決まるわけではないのです。

よっぽどガソリンという物質が好きで、「ガソリンの匂いを嗅ぐと、幸せな気持ちになるんです」「ガソリンを見ているだけで、最高に気分が良いんです」という特異な人でない限り、「ガソリンを集めて幸せになる」ということはないでしょう。

お金の量と幸せは関係ない

ですが、これと同じことがお金では普通に起こっています。

「お金が好きです!」
「お金がもっと欲しいです!!」
「お金を沢山手に入れて幸せになるんです!!」

と聞いても不自然には感じません。

ですが、先ほどの

  • お金は生活や事業を走らせるための燃料である
  • お金はガソリンのようなもの

という観点に立てば、こういった主張は奇妙であることがわかります。

どんなに沢山のお金があろうとも、「そのお金を使って何をするのか?」「どんな目的へ向かうのか?」がなければ、お金の使いようがありません。

また、お金の絶対量は幸せとは全く関係がなく、「どんな目的へ向かえば、自分は幸せになるのか?」「どんな風に生活できたら、自分は快適に過ごせるのか?」が幸せの決め手となります。

よっぽどお金の匂いや手触りが好きだったり、銀行通帳の残高の数値が増えていくことに快感を感じる人でない限り、「単にお金が増えて幸せ」という人はいないはずなのです。

なぜなら、それは「ガソリンの匂いと色と感触が好き」と言っているのと同じことですから。

金銭を愛することは悪の根

だから、冒頭で紹介した聖書の一節にあるように、「金銭を愛することは悪の根」となります。

「金銭を愛すること」……つまり、お金そのものを好きになったり、お金だけを手に入れることに執着してしまうということは、本来の

  • 自分はどんな目的のために生きているのか?
  • どんな風に生活や事業をしたいのか?

を見失ってしまうことを意味します。

あくまでも、先に目的や生活・事業のスタイルがあって、それを動かすための“燃料”としてお金があるのに、その順番が逆になって、お金(=燃料)そのものを求めるとおかしなことになるのです。

お金そのものは悪ではない

だからといっても、「お金そのものが悪だ」というわけではありません。

ここで「悪の根」というのは、「金銭を愛すること」です。金銭そのものが悪なのではなく、金銭を好きになったり執着してしまったりする“人間の心の状態”が悪なのです。

というか、繰り返しになりますが、お金は生活や事業を行うために必要なものです。

現代の資本主義社会において、お金無しに何らかの活動を行うことは困難です(もちろん、金銭に頼らず活動されている方もいますが、非常に少数ですよね……)。

ですから、ここでもお金そのものを否定しているわけでは決してありません。むしろ、何らかの目的を達成するためのお金は推奨されるべきものだと考えます。

ただし、あくまでも、お金は車を走らせるためのガソリンなのであって、それだけでは意味を持ちません。

だから、「お金そのものを愛すること」「お金だけに執着すること」は悪であり、そうならないためにも

  • 自分はどんな目的を持って生きているのか?
  • そのために、どんな生活や事業をしたいのか?
  • それに必要なお金はどれくらいなのか?
  • そして、そのお金はどうやって手に入れたいのか?

を明確にしておくのが良いというわけなのです。

「お金が好き」の本当の意味

で。ここで話が戻ってしまいますが……

そもそも、「お金が好き!」「お金が欲しい!」という人たちも、「お金そのものが好き」ということではないでしょう。きっと「お金によって得られる何かが好き!」ということだと思います。

  • お金によって、自分のずっと欲しかったモノが手に入る!
  • お金によって、自分の行きたかった場所へ行ける!
  • お金によって、自分の利用したかったサービスを楽しめる!
  • お金によって、自分の学びたかったことを学べる!
  • お金によって、家族や友人を喜ばせることができる!
  • お金によって、自分がやりたい事業を始めることができる!
  • お金によって、他の人や社会に貢献できる!!

といったように。

であれば、そのお金を使うための“目的”を大切にし、それを世の中に伝えていくのがいいでしょう。

「お金が好き」はもうダサい

これは個人的な感覚ですが、昨年2017年はお金に対する考え方が大きく転換した年だと思っています。

一言で言えば、「お金が好き」「お金を稼ぎたい」というのがダサくなったのです。

それまでは、「お金が好き」とか「お金が欲しい」ということが、逆に人の目を引きました。もともと日本では清貧が重んじられ、お金について語ることがタブーのようになっていたので、そういった素直な感情を出すことが価値を持ったのです。

ですが、それはもう終わりました。

『VALU』や『Polca』といった自分の目的や理想を掲げ、そこへの資金を集める新たなサービスが生まれましたし、クラウドファンディングを利用する人も普及しています。

つまり、目的や理想を発信することで、それに共感する人がいれば自然にお金が集まる仕組みが確立されつつあるのです。

自分の目的や理想を発信する

であれば、「お金が好き」や「お金が欲しい」という発信ではなく、もっとその前提にある

  • 自分は何を目的に生きているのか?
  • 何を理想としているのか?

を発信する方が、結果的にお金が入ってくるようになり、かつ協力してくれる人を集めることもできるでしょう。

まさに、金銭そのものに執着することが不利になり、金銭を愛することが、あらゆる悪の根となった時代だと言えるのです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

毎度のごとく長くなってしまったのですが(^^; 今回の要点をまとめると……

  • お金とは、何かの目的に向かうための“ガソリン(燃料)”に過ぎない
  • だから、その“ガソリン”そのものを好きになるのはおかしい
  • そうではなく、前提である目的や理想を大切にするのがいい

ということになります。

少しでもご参考になるところがあれば幸いです(^^)

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

 

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「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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