農業

お米作りをしていて本当によかった!食べ物からもらえる幸せを見つめ直して

お米づくりをしていて本当に良かった!

今日も元気に娘がご飯を食べています。

それを見ていると、とっても幸せな気分になります。

なぜなら、そのお米は僕が育てたものだから。

いえ、「僕が育てた」というのは全く正確ではありません。お米は自分で育ってくれるのだし、そこに栄養を与えているのは、土だったり水だったり太陽だったりするわけです。

僕は、タネを撒いて、田植えをして、稲刈りをして、という風に少し手を入れさせてもらっただけです。

でも、それでも、こうやって自分が関わって実ったお米だったり、地元の自然が育ててくれたお米を、自分の子どもが食べてくれるというのは、とっても嬉しいです。

上手く言葉にできないのですが、命のめぐりを感じるというか……自然からの恵みを僕を介して子どもに届けて、その恵みによって娘が成長しているので、自然や命の有り難さを感じるのです。

  • あー。お米づくりに関われてよかったなー
  • そのお米を子どもが食べてくれて嬉しいなー
  • こうやって子どもの成長を見守れたら幸せだなー

と思います。

つまり、自然の中で自分で育てた食べ物を、家族と一緒に食べられたら、それだけでめちゃくちゃ幸せ、ということなんですよね。

とってもシンプル。

人生、なんかこれだけで良いような気がします。

あ。もちろん、色々楽しいこともしたいし、色んなところへ旅行も行きたいし、美味しいものも食べたいのですが、根本的な幸せって、こういうところにあるのではないかな?と思います。

以前の僕は、この“根本的な幸せ”から目を背けていました。

これよりも他のところに、自分の幸せや生きがいがあるように考えてしまってました。

もう少しわかりやすく具体的に言うと、

  • もっとお金が欲しい、とか
  • もっとお金を稼げる自分になりたい、とか
  • もっと自由に世界を飛び回りたい、とか
  • もっと贅沢な生活をしたい、とか
  • もっと沢山の人に評価されたい、とか
  • もっと社会の中で有名になりたい、とか
  • もっと賞賛されてチヤホヤされたい、とか
  • もっと歴史に残るような大きなことをしたい、とか

そんなことを考えていました。

そうやって色々試してみて沢山得られたものもありました。いま、インターネット関連の仕事ができるのも、そのおかげですし。

ですが、そうやって「人から評価されたい」とか「たくさんのお金が欲しい」とか「世界で活躍したい」とか、自分の“外”に何かを求めていても、本当の意味で幸せを感じることはできなかったのです。

これまた言葉で表現するのが難しいのですが、人からの評価を得ても、たくさんのお金を得ても、何かしらの活躍をしても、そこで得られるのは“満足感”だけです。

そして、それは“幸福感”とは違うのです。

“満足感“というのは、いわば何か食べ物を食べて

「ふー、お腹いっぱい♪」
「空腹が満たされてよかったよかった」

というような感じです。

でも、それって、しばらくすると再びお腹が減って、また何かを食べたくなるのです。しかも、さっきよりももっと美味しいものや沢山のものを食べたくなって、キリがなくなってしまいます。

けれど、“幸福感”というのは、それとは全く別のもので、ご飯を食べるにしても、

  • 好きな人と一緒に食べる
  • 心地よく会話しながら食べる
  • 笑いながら食べる

みたいな感覚で、「お腹を満たす」という物理的・身体的なことではなく、「周りとの心の繋がりを感じる」というような感覚です。

言い換えれば「一体感」という表現が良いでしょうか。

いわば、一緒にご飯を食べることで共通の絆(きずな)が生まれ、繋がりを実感できる状態です。

そしてそれは、ご飯を食べた後もすぐに減ることはなく、じんわりと心の中を温め続けてくれます。余韻となって、時間を経過してもずっと感じることができるのです。

たぶん、本当の幸せって、そういった“繋がり”や“余韻”や“温もり“にあるのだと思います。

少なくとも、僕は今までの経験から、そこに本当の幸せがあると感じています。

そして、その“本当の幸せ”を感じる一番シンプルな方法が、「自分が育てた食べ物を、家族と一緒に食べる」ということなのです。

そんなことを、今朝、我が家で育ったお米をバクバクと食べる娘を見て、思ったのでした。

よく言われることですが、現代では「人間と自然との繋がりが希薄になった」と言われます。また、「食べ物を大切にしなくなった」という声もよく聞きます。

多くの人が幸せを求めて努力したり、社会の中で色々な試みや発明がなされていますが、なぜか多くの人が幸せを感じられず、疲れや苦しみや悩みを抱えながら生きています。

それはもしかしたら、

  • 自然との繋がりが無くなったから
  • 食べ物を大切にしなくなったから

かもしれません。

「はあ? そんなわけないだろ?」
「多くの問題の解決法が、そんな簡単なはずがない」
「もっと革新的な解決法があるはずだ」

というお声もあるかもしれません。

ですが、人生や社会で起こる多くの問題の原因は、実はシンプルであることが多くないでしょうか?

何か革新的で画期的で今までにないような派手な発見や発明ではなく、もっと足元に解決方法が落ちてはいないでしょうか?

僕自身は、今までの人生において、外に答えや解決法を求めてもうまくいかず、それよりも自分の足元や土台の部分に目を向けたときに上手くいくことが多かったです。

だから、もっと足元のシンプルなことに大きなヒントがあると考えています。

その一つが、「食べ物を大切にすること」だったり「家族と食事をすること」、できれば「自分で育てた食べ物を食べること」だと思うのです。

もちろん、まだ仮説の段階なので確証はありません。

ですが、今日、娘がご飯を食べる姿を見て……いえ、今まで彼女が我が家のお米を食べてすくすくと育ってきた様子を見て、そこに“根本的な幸せ”があると思えて仕方ないのです。

今年は、そんなことを伝える活動をしたいなー、と考えています。

そして、自分自身でも、そうやって「食べ物を育てること」と「自分で育てた食べ物を家族と一緒に食べること」を続けていけたらと思うのです。

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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