夫婦生活を円滑にするためには?拒まれるのは自然なこと?!

先日、お友達がこんなブログをアップしていました。

結婚してラブラブが続くのって数年ですよね。
ナチュラルに夫婦円満て
私は難しいと思っています。

となると、
やっぱり努力が必要だー!
ということで、、、
おばあちゃんになっても
手をつないでいられるカップルであるために
気をつけたいことを
独断と偏見で5つまとめました。

ネット時代を謳歌するワーママ日記『おばあちゃんになっても手をつなげる夫婦でいるために、普段から気をつけていること』より

こちらにあるとおり、夫婦円満の秘訣が書かれているのですが、その中の一つが

(4)求められたら拒まない

というものでした。

そして、こちらの記事はFacebookにも投稿されていたのですが、そのコメントの中に「(4)は厳しい」「それだけはちょっと……」という声が複数ありました(女性の声です)。

それを見た僕は、正直 ホッとしたんです。

なぜなら、僕自身もけっこう拒まれることが多いから(^^;;

というか、結婚当初から拒まれていました。妻はどうやら、元々そういうことが好みではないらしく、求めても拒まれる確率が高かったのです。

そして今でも、そんなに乗り気ではありません・・・。

現在は、そういう妻の気持ちが理解でき、夫婦内でのルールも作ったのですが、当初は

「結婚してるんだから、そういうの当然だろ?!」
「オレのことが嫌いなのか?」
「一つ屋根の下に暮らしているのに、拒絶するなんて理不尽だ!!」

という風に感じていました。

でも、「結婚してるから」とか「愛し合ってるから」といって、求められたときに受け入れるというわけではないんですよね……。

そのことを、今回 改めて学ばせていただいたのです。

んでもって、そこから色々と考えたこともあるので、今回は夫婦生活を円滑にする考えたや方法を書いていきたいと思います!

 夫婦は仲良しなのだけれど……

ブログを訪れていただき、ありがとうございます! 「農マドワーカー」の辻林です(^^) 大阪の郊外で無農薬のお米づくりをしながら、インターネット関連の仕事をさせていただいています。

そんなライフスタイルのため家にいることが多く、妻と一緒に過ごす時間も多く持たせてもらっています。

妻のことが大好きな僕は、こうやって一緒に過ごせるのがとても幸せです。そして、おそらく妻も、僕のことを嫌いには感じておらず、どちらかというと好意的に感じてくれているように思います。

なので、家族で一緒に出かけるのも楽しいし、一緒にご飯を食べるのも楽しいし、3歳の娘を間に挟んで親子三人「川の字」で寝られるのがとっても幸せです。

夫婦生活は全くの別問題

・・・が、

そんな風に夫婦関係が良好だからといって、「求められたときに受け入れられるか?」は、全く別の話です。

男性である僕の視点で言えば、「大好きなんだから、そういうことして当然でしょ?」という感覚なのですが、どうやら妻の視点からすると「好きかどうかと、そういうことは全く別!」のようなのです。

夫婦生活を考えるときは、こんな風に「男性と女性の感覚は全く違う」ということを、まず理解する必要があります。

女性は拒みたくなって当然なのでは?

冒頭でお話ししたように、僕はけっこう求めても拒まれて来ました(^^;; 今でも拒まれます。

でも、今回、先ほどの「(4)は無理」というコメントを見て、

「そうかー。女性は拒みたくなって当然なのか!」

という考えに至ったのです。

どうしてかというと、「求められて受け入れる」というのは、女性にとっては大きなリスクを背負うことだから。

受け入れると生じるリスク

今でこそ文明が発達して、子どもを授からないようにする器具や薬が普及するようになりました。

ですが、そんな発明がない時代には、新たな生命を授かることを防ぐ手段がなかったわけです。

つまり、「受け入れる=妊娠」という構図が成り立ちます。

僕は男性なので女性の感覚を本当に理解することはできませんが、妻が妊娠して出産する過程を見ていると、本当に大変ということだけはわかります。

その間には、自身の生命を落とすリスクだってあります。

だから、本来の人間的な感覚で言えば……いえ、生物学的な観点から見れば、「男性を拒みたい」という感情があって当然なわけです。

もちろん、本当に相手のことが好きで愛していて、「この人の遺伝子を残したい!」という感情・感覚があるのであれば(それは意識的にではなく、無意識レベルで)、自然に受け入れられるでしょう。

ですが、そんな頻繁に「男性を受け入れる」というのは、身体の構造を考えれば、無理な話なのです。

 子どもを授かるかもしれない不安

実際、妻と色々話をしながら、“拒む”要因を探っていると、「子どもを授かったらどうしよう?」という不安が根底にあるようです。

僕は不妊症なので授かる可能性はかなり低いのですが、それでもやっぱり「もしかしたら……」という不安が、彼女にはあるのです。

それに、現在は娘が3才になり、ようやく幼稚園に入ろうかとしていて、更に彼女自身も再就職して仕事を始めた、というタイミング。だから、「もしも」のことがあると、彼女の計画が狂ってしまいます。

「自分だって社会に出て活躍したい!」
「好きなことを思いっきりやりたい!」
「子育てだけに縛られず、自分の時間を持ちたい!」

そういった想いを持っているのに、ここで子どもを授かってしまうと、また振り出しに戻ります。

再び、お腹の生命に気を遣って、死のリスクを伴う出産をして、ずっと授乳を繰り返さないといけない子育てをして……という、自分ではなく子ども優先の生活になってしまうのです。

こんな風に、「もし授かったとしたら?」という想像をすれば、妻の“拒みたい”という感情は当然だと理解できるのです。

「そんなの、授からない対策をすればいいじゃないか」と思われるかもしれません。ですが、先ほどお伝えしたとおり、こういった不安やリスクは生物として備わっているものだと言えます。だから、仮に授からないように工夫したところで、女性の拒みたくなる気持ちは消せないと思うのです。

子どもを授かるのは最も素晴らしいこと?

とはいえ、こういった話をすると、

「え? 子どもを授かる以上に大切なことがあるのか?」
「自分の人生や仕事よりも、出産や子育ての方が大切だろう?」
「今は少子化が進んでいるんだ。もっと子どもを産めよ」

というお声が出てくるかもしれません。

ですが、少し待ってください。

「子どもを授かることが何よりも大切」って、誰が言ったんでしょうか?

女性本人の人生を犠牲にして成り立つ出産や子育てに、本当に価値があるのでしょうか?

というか、そもそも少子化の何がいけないのか、僕には理解できません。

だって、人口が減る方が、一人あたりが使える資源の量が増えるし、環境への負荷も優しくなります。「経済が落ち込むだろ?」「高齢者の面倒は誰が見るんだ?」みたいな意見が出るかもしれませんが、「そんなの、自分自身の力で何とかするか、ご家族の協力を得てくださいよ」と思ってしまいます。

女性自身が輝いた方が経済効果あるよね?

いえ。経済がどうのこうの言うのであれば、女性が社会に出て、自分の能力を発揮して働いた方が、よっぽど経済効果が高いですよね?

なぜか、今までの社会には、「子どもを産んで育てることが最も尊い」といった価値観がありました。そして、多くの女性が それに従ってきたように思います。

ですが、冷静に考えると、これっておかしいのです。

女性自身の人生や気持ちを蔑ろにして、「お前たちは子どもを産んで育てるのが一番なんだ!」と主張するのは、完全に男性側の押し付けでしかありません。

つまり、現在の社会にはびこる……

「子どもを産んで育てることは何よりも素晴らしい!」
「仕事や趣味よりも、出産と子育てを優先すべきだ!」

という考え方は、男性優位の社会が長年続くことによって根付いた“刷り込み”だと言えるのです。

そして実は、こういった「男性優位」の考え方が、夫婦生活にも悪影響を与えている可能性があります。

結婚していれば夫婦生活があって当然?

僕は結婚当初、妻に対してこんな感情を抱いていました。

  • 結婚しているのだから、受け入れて当然だろう?
  • 愛を誓いあった仲なのに、“拒む”なんておかしい!
  • こんなに求めているのに“拒む”なんて、愛がないってこと?!

という風に。

ですが、これっておかしいんです。

「結婚しているのだから、夫婦生活があって当然」みたいに世の中では思われていますが、先ほどお伝えしたように、女性にとって そういった行為は非常にリスクの高いものです。

論理的に考えて、そんな頻繁にできるものではありません。

週刊誌とかで「円満夫婦は月○回以上」みたいなことが書かれていますが、冷静に考えれば、そういう基準を設けること自体が変です。「頭おかしいのか?」とさえ思います。

つまり、「結婚している=行為があって当然」という方程式はおかしいのです。

「結婚している=拒まれない」はおかしい

そもそも、「拒まない=愛している証」というのもおかしいです。そういった行為と愛し合っていることとは別次元の話ですから。

更に突っ込んで考えると、その裏側には、

「結婚したんだったら、子づくりに励めよ!」
「子どもをたくさん産めよ!」
「それが、一番良い夫婦の姿なんだぜ!」

という考え方が潜んでいるように思います。

だとしたら、それは紛れもなく、男性優位の社会における「子どもを産み育てることが最も尊いこと!」という“刷り込み”から来ています。

つまり、「結婚している=拒まれない」という方程式も、男性優位社会で作り出された“刷り込み”だと言えるのです。

男性の視点から見れば……

ただ、「結婚していれば拒まれない」という方程式は、男性には非常に有り難いものです。

いったん結婚できれば、性欲を満たすことが不自由なく出来るわけですから。

もちろん、結婚生活が長い場合は、奥さんにそういった欲求が起こらないというケースもあります。実際、知り合いには、「嫁には そういう感情が湧かへん」という人が多いです。

ですが、基本的には、「結婚している=夫婦生活があって当然」という前提は、男性が性欲を満たすことに対して、非常に有利に働きます

男性にはリスクがなく快感オンリー

先ほど、女性にとって「男性を受け入れる」という行為は非常にリスクの高いものだ、とお伝えしました。

ですが、男性は全く逆です。

新しい生命が自分の体内に宿ることはないし、死の危険と激しい痛みを背負って出産することもありません。子育てに多大な時間を取られて、自分のやりたいことを諦めることもないでしょう。

むしろ、そこには快感しかありません。

言い方は悪いですが、「行為の後のことには無関心」でいることも可能です。

つまり、男性にとっては「リスクのない快感オンリーの行為」ということなのです。

女性と男性では感覚が真逆

いかがでしょうか?

最初にお伝えした、「夫婦生活を考えるには、男性と女性の感覚が全く異なることを理解すべき」ということを、少しでもおわかりいただけたでしょうか?

念のため改めて整理すると、夫婦生活とは……

  • 女性→妊娠・出産・子育てといった様々なリスクを背負う
  • 男性→快感だけを感じられて、ほとんどリスクがない

という、男女によって全く真逆のものなのです。

もっと端的に言えば、「男性は積極的だけど、女性は消極的」ということになります。

本来は男性側に大きなハードルがあった

ですから本来は、消極的である女性に対して、男性側が何とかして そのハードルを飛び越え、ようやく行為にたどり着けるものだと言えます。

ですが、先ほどの「結婚していれば拒まれない」という方程式が広まることで、男性はその努力をする必要が無くなってしまいました。

いわば、社会の“刷り込み”が男性側に有利に働き、大した努力をしなくても、女性と結ばれる事態が起こってしまったのです。

つまり、極端に言えば、

  • いったん結婚できたら、パートナーの女性とはヤリ放題
  • そこで、いちいち女性のために努力する必要はない
  • むしろ、ヤラないと夫婦としておかしい

という状況が生まれていることになります。
(言葉が悪くて、本当にすみませんm(_ _)m)

ですが、この状況は、先ほどまで見てきた女性の感覚からすると、かなり不自然なものです。

ここに、大きな問題があるのです。

男性はもっと努力せねばならない

動物の世界を見てもわかるように、メスと結ばれるためには、オスは大きな試練を乗り越えねばなりません。

それは、他のオスと戦って勝つことだったり、メスに積極的にアピールして気に入ってもらうことだったり様々です。

ですが、「メスと一度結ばれるためには、オスはめちゃくちゃ頑張らない」といけないというのは、共通したルールと言えるでしょう。

けれど、現代の人間社会は、そこから外れてしまっているのです。

男性が努力しなくなった

そう。先ほどの「結婚していれば拒まれない」という“刷り込み”があるために、いったん結婚すれば、男性側が「めちゃくちゃ頑張る」という必要が無くなってしまったのです。

本来は女性にとって「リスクの高い行為」なのに、男性側が そのハードルを軽々と越えられるようになってしまいました。しかも、自分の努力ではなく、社会の“刷り込み”という後押しによって……。

これは、女性側から見れば、かなりおかしな状況です。

なぜなら、自分は大きなリスクを負わないといけないのに、男性側は余り努力をしなくてもいい、ということになってしまいますから。

更には、社会に広がっている“刷り込み”を利用して、

「結婚してるんだから、しようよ」
「愛し合ってるんだから、拒まないよね?」
「一般的な夫婦は月○回らしいよ?」

という言葉を、さも正義のように振りかざして、女性に迫ることも起こります。

というか、この「さも正義のように振りかざす」は、以前の僕が妻にしてしまっていたことです。本当に申し訳なかったと、今ではすごく反省していますm(_ _)m

拒むケースが増えている?

ただ、当然のことながら、そういった状況に違和感を抱き、男性を受け入れない女性も多いはずです。

以前は、「結婚しているなら拒まない」という方程式が強力に働いていたため、男性側が努力しなくても、女性が受け入れる状況が多かったでしょう。

ですが、既存の画一した価値観が崩れ、多様な価値観が生まれている現代において、それは通用しなくなりました。

だから、男性が求めても女性が拒むケースが増えているのではないでしょうか。

今回、冒頭でご紹介したコメントを拝見していると、まさに それが起こっているように感じたのです。

拒絶する方が実は自然

ですが実は、そういった「女性が男性を拒む」という状況は、今まで見てきたことを踏まえれば自然なものです。

むしろ、「女性が拒み、それを男性が頑張って突破する」くらいが、本当の形ではないかと思います。

先ほど触れた動物の世界がそうであるように、女性を求めるのであれば、男性側はハードルを乗り越えて、女性に受け入れてもらうための努力をするのが当然なのです。

しかも、それは「結婚するまで」の一時的な努力ではなく、「結婚してからもずっと」という継続的な努力です。

夫婦だからこそ全力でアピール

ですから、

「夫婦生活が上手くいかない」
「妻が受け入れてくれない」

と悩むのであれば、

  • 自分は本当に努力できているか?
  • 妻のために頑張れているか?
  • 魅力的な男性でいられているか?
  • 妻にふさわしい人間として成長できているか?

といったことを、男性は問い直す必要があります。

そして、女性を求めるのであれば、その一回一回が大きな勝負です。

まるでクジャクのように

結婚していれば「他の男と戦う」ということはないでしょうが、「相手に気に入ってもらうために頑張る」ということは必要でしょう。

それはもう、求愛行動のために大きく翼を広げるクジャクのように。

孔雀のように愛を告げる
By 円山応挙 (Maruyama Ōkyo, 1747 – 1821) (at MIHO MUSEUM) [Public domain], via Wikimedia Commons

毎回、

「これだけ愛しているよ!」
「君のことがめっちゃ好きだよ!」
「自分はこれだけ魅力的だよ!」

ということを全力でアピールし、それが認められた上でようやく受け入れてもらえる。

これが実は、男女双方にとって良い形なのではないでしょうか。

ちなみにですが、現在の我が家では、「僕がラブレターを送り、それを妻が気に入ったら受け入れてもらえる」というルールを作っています。

「ラブレター」といっても、下記のように面白いイラスト付きのものです(「らぶ・ちけっと」と呼んでいます)。

男性側が愛を込めてイラストとメッセージを書き、それを女性側が気に入ったら結ばれる

妻はこういった楽しく軽いノリが好きなので、この『らぶ・ちけっと』が僕にとって最大の愛情表現であり、これによって求めたり拒まれたりをしています。

まとめ

さて。めっちゃ長くなってしまいましたが、そろそろまとめに入ります!

お伝えしたいことは非常にシンプルで、

「夫婦生活を拒みたいのあれば、拒んでいいんじゃないですか?」

ということです。

今回は「男性が女性を求める」という視点で話を進めてしまいましたが、逆のケースもあるでしょう。その場合でも、拒みたい側は拒んでいいと思います。

ですが逆に、「パートナーに受け入れてもらいたい!」という場合は、

「夫婦生活を求めるなら、もっと自分を高める努力をして、その魅力を伝える努力をしようよ!」

ということになります。

僕自身は まだまだ拒まれることが多いので、逆にそれをバネにして、自分自身を成長させ、妻にもっと魅力を感じてもらえるように頑張りたいです!

最後までお読みいただき、ありがとうございました(^-^)

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