メンタルマネジメント

他人の評価が気になる!そんな悩みへの対処法まとめます!

人の評価が気になってしまうなら?

「他人の評価が気になってしまう……(>_<)」という悩みをずっと抱えています。

これはもう持病のようなもので、幼い頃からずっとです。いま僕は36歳ですが、小学校に入る頃からすでに周囲の評価や人の目を気にして過ごしていた記憶があります。

ですので、基本的にいつもしんどいです。人に気を遣ってばかりいます。一人でいるときも、「昨日、あの人に言ったこと、間違ってなかったかな?」とか「この前、あんなメール送ったけど、気分害してないかな?」とか考えてしまったりします。

「自分が人にどんな風に見られているのか?」が気になって気になって仕方がありません。

「そんなん、自意識過剰やでー」

「人間、他の人のことなんて、そんなに気にせえへんでー」

と思われるかもしれません。

そのとおりです。本当におっしゃるとおりで、結局これって自分で抱いている幻想だったり思い込みだったりするんですよね。

けれど、そうはわかっていても、どうしても気になってしまうのです。少し落ち込んだときなどに、めちゃくちゃ人の評価が気になってしまうのです……。

ですが、最近はその症状(?)がかなり軽減されるようになりました。

なぜか?

実はそれが自分の特性であり長所だと気づいたからです。

今回は、人の評価が気になってしまう悩みへの対処方法を書いていきたいと思います!

人の評価が気になる原因は「そういうタイプだから」

まず、人の評価が気になってしまう原因は何かを言うと、「そういうタイプだから」です。人の評価が気になってしまう人は、人の評価が気になってしまうタイプだから、そうなってしまうんです。

「は? なにそれ?」

「身もフタもないやんけ!」

というご批判があるかもしれません。ですが、僕はこれが一番スッキリと受け入れることができ、人生を前向きに捉えられるようになったんです。

当然のことながら、完全と言える原因ではありません。人の評価が気になってしまうのには、色々な要因があるでしょう。幼少期のトラウマだったり、他の人の動作に反応しやすい体質だったり、あるいは、人に喜んでもらう経験を生きる動機にしていたり、様々なケースがあるでしょうから。

ただ、そうやって細かい原因や過去を遡っていては、なかなか改善には繋がりません。それよりも、「今のこの時点での人生をいかにより良くするか?」という視点で捉えると、先ほどの理由だと考えるのが効果的なのです。

つまり、「人の評価が気になってしまう原因は詳しくはわからないけれど、自分は人の評価が気になってしまうタイプなのだ。だから、そのタイプ(特性)を踏まえた上で、次へ進もう」と考える方が実用的なのです。

ですが、これは勝手な論理で言っているのではなく、きちんと根拠があります。それは、とある人間分析法です。

人間分析手法『体癖(たいへき)』

僕はその人間分析法を学んで、人の評価が気になってしまう悩みがとてもラクになりました。その人間分析法の名は『体癖(たいへき)』と言います。

ここでは『体癖』の詳しいことは書きませんし、僕も勉強中の身なので、ご興味を持たれた方はご自身で調べていただけたらと思います(Wikipediaにもわかりやすくまとまっています)。

ただ、ざっくりとだけお話しすると、人間の価値観には主に5つの種類があり、且つ、その性格が積極的か受動的かに分かれる、というものです。

人間の持つ5つの価値観。それは、

  • 善悪(正しいか間違っているか?)
  • 好き嫌い(気分がいいか悪いか?)
  • 損得(メリットがあるかないか?)
  • 勝ち負け(人より上位にいるかどうか?)
  • 愛憎(何かにとことん打ち込んだり、人を受け入れたり)

というもの。人間は誰しもが、このどれかを判断や感覚の基準に置いている、という考え方なのです。

そして、ぞれぞれに積極的か受動的かという分類がされて……

価値観積極的受動的
善悪1種2種
好き嫌い3種4種
損得5種6種
勝ち負け7種8種
愛憎9種10種

という風に、10種類のタイプに分かれるのです。

……と、ここまで書いてきて何なんですが、あくまでこれは一つの考え方であり、「これが絶対に正しいんだ!」「これで人間を完璧に分類できるんだ!」と思わないでくださいね。そうやって断定的に物事を見てしまうと危険です(^^;;(そうやって簡単に世の中を捉えられるとラクではあるのですが……)

それに、『体癖』の考え方においても、人は複数の価値観を持っているとされるので、この10コのタイプにくっきりはっきり分かれるわけでもありません。あくまで目安というか、「あー。こういう考え方があるんだー」と捉えてください。

で。話を戻しますと、「人の評価が気になってしまうタイプ」というのは、ここでいう「2種」に当たる可能性が高いです。少なくとも、僕は自分のことを2種だと判断してしまうし、教わった方からも「辻林さんは典型的な2種ですね!」と言っていただいています。

「2種」というのは、善悪を価値観の中心に置き、性格が受動的で、内向的にモノを考えてしまうタイプ。また、先ほどは触れませんでしたが、全身の中で頭にエネルギーが集まり、頭で物事を考えて判断するタイプでもあります。
(ちなみに、好き嫌いは「お腹(胃袋などの消化器)」、損得は「胸(肺などの呼吸器)」という感じです)

つまり、「正しいか間違っているか?」を頭でたくさん考えて、しかも、それを自分の内側でグルグルさせてしまうのです。

この『体癖』を知ったとき、僕は長年の悩みがひも解け、とてもラクになることができました。

Wikipediaの「体癖」のページには、1種・2種のところに「善悪」ではなく毀誉褒貶と書かれています。これはまさに、人を誉めたり貶(けな)したりという世間の評判を意味します。つまり、1種・2種はそのまんま「世間の評判を気にするタイプ」ということですね。

他の人は別の判断基準を持っている

ラクになった一番のポイントは、

「なーんだ! 他の人は、僕とは違った価値観で物事を判断しているんだ!」

ということでした。

先ほどお伝えしたように、人間には主に5つの価値観があります。僕は「善悪(正しいか間違っているか?)」を価値観の中心に据えていますが、他の人はそうではないのです。単に「好きか嫌いか」だったり、「メリットがあるかどうか」だったり、「人より勝てるかどうか」だったり、人によって判断の基準が違うのです。

つまり、他の多くの人は自分とは違った視点で世界を見ている、ということです。

僕は「正しいかな?」「間違ってないかな?」「人に変に思われないかな?」などを考えて行動を起こしますが、他の人は「これ好き!」とか「得になる!」とかで行動するのです。

であれば、「人の評価を気にするなんて自意識過剰だ」と言われることにも納得がいきます。なぜなら、そう言っている人はきっと「正しいか間違っているか」の価値観ではないから。

「善悪(正しいか間違っているか)」の判断基準は、「人から見てどうか?」とか「世間から見て良いか悪いか?」ですから、どうしても他人の目線を気にしてしまいます。だから、どうしても人の評価を気にしてしまうのです。

ですが、それ以外の価値観の人はそんなことは気にせず、逆に、自分の気分や損得などを気にします。

そういう人から見れば、「人の評価を気にする」というのは自意識過剰に映るのでしょう。けれども、善悪を判断基準に据え、しかも内向的である「2種」は、どうしても人の目や世間の評価が気になってしまうのです。

ですから、それは決して自意識過剰なのではなく、“そういうもの”なのです。

それまでの僕は、「どうして自分は人の評価を気にしてしまうんだろう?」「こんな自意識過剰なのはイヤだ……」と思ってしまっていました。そして、さらに落ち込んでいました。けれど、そういうことではないとわかったのです。

「自分が人の評価を気にしてしまうのは、そういうタイプだから」

こう考えると、とってもスッキリして、前向きに進めるようになったのです。

「頭の中のグルグル妄想」をプラスに変える

では、どんな風に前向きになったのかを、ここから書いていきたいと思います!

『体癖』の2種は、頭にエネルギーが集まり、善悪を判断基準とし、それを受動的に自分の内側でグルグルと思考してしまいます。これが悪い方に働くと、ネガティブなことばかりを考えて行動を起こせなくなったり、「あの人はこんなことを考えているんじゃないか?」と気になって自分の本心を出せなくなったりします。

要は、人の目や世間の評価が気になって、動けなくなってしまうのです。

ただ、これって実は自分の中だけで考えていることだったりします。2種は内側に思考を向けてしまうので、実際には起こっていないことや人には言われていないことまでを、自分の中で膨らませて、あたかも本当のことのように感じてしまう傾向があるのです。

一言で言えば、「妄想癖がある」ということになります。

ですので、人の評価が気になる2種がネガティブに陥らないためには、この“妄想”から脱却する必要があります。そして、この“妄想癖”をプラスになる方向へ使えばいいわけです。

では、どうすればいいのかと言うと……

  • 人と実際に話して妄想を取り払う
  • 人のために妄想エネルギーを使う

と言う2点になります。

人と話して妄想を取り払う

「人の評価を気にしてしまう」というのは実は、実際に人から何かを言われたというよりも、自分の中でグルグル妄想してしまうのが原因だったりします。つまり、本当は他人はそんなことを思っていないのに、自分の中だけで妄想のストーリーが展開して、それを信じてしまうわけです。

であれば、その妄想ストーリーを取り払う術は一つ。実際に他人と話をすることです。

正直に言うと、これは怖いことだったりします。「人の評価が気になる」ということは、「人と話すのが怖い」「気分を害したり、悪く思われたりするのがイヤ」ということだったりするので、人と話すことが僕はいつも怖いです(^^;

ですが、実際に話してみると、自分が考えているほど、相手は悪く考えていなかったりします。自分がめちゃくちゃ気にしていたことを、実は相手は全く気にしていなかった、ということもあります。

ですから、

「あれ? 今まで僕が一人でグルグル悩んでいたことって何だったの?」

とということが、かなりの高確率で起こるのです(^^;

こうやって書いてみると、ちょっぴり情けなかったり、「何やってんだー、自分!」って感じなのですが、でも、マジでこれって大事なんです! 人と話すのが怖くっても、思い切って、その人と実際に話すことが大事なんです!!

一人で考えているときは、それはもう自分の考えていることが真実だと思ってしまうので、そのグルグルの苦しみから脱却するには、人と話すのが一番! 勇気を出すのは怖いですが、少しの時間だけの勇気だけで変わるので、これはぜひぜひオススメです。

人のために妄想エネルギーを使う

そして、「人のために妄想エネルギーを使う」ですが、これは別の言い方をすると、「誰かの今後についてシミュレーションしてあげる」ということです。

“妄想”というのは、別の見方をすれば「シミュレーション」です。これから起こる事態を想定して、「こうなるかもしれない」「いや、こんな可能性もあるなぁ」と色々と思考を巡らせていくわけです。

これが、“自分のため”になると、ネガティブなグルグル妄想に陥って、行動が起こせなくなったり、自分自身の殻に閉じこもって悩んでしまったりします。

ですが、“他人のため”になれば、どうでしょう? 他の人がこれから目指す未来のためにシミュレーションし(=妄想を働かせ)、「こんな風に行けばいいんじゃない?」「こんな可能性もあるよね?」とアドバイスすることができます。

もちろんお節介にならないように気をつける必要がありますが、そうやって他人のために妄想エネルギーを使うことで、その人を大きく応援することができるのです。

実際に僕も、パートナーシップを組んでビジネスをさせていただいていますが、パートナーが積極的に前に進むのを、僕がバックアップしているという体制ができています。また、頭にエネルギーが集中するので、事務作業などもさせてもらっています。そうやって、誰かが未来へ向かって進むのを後ろから支えることが出来るのです。

人の評価が気になるからこそ、それを人のために使う。そうすると、単なる“妄想”も有益なシミュレーションとして、社会のために役立てることができるというわけです。

他人の評価が気になるクセへの対処法まとめ

いかがだったでしょうか?

他人の評価が気になってしまうクセへの対処方法をまとめると……

  • 人の目が気になってしまうのは「そういうものなのだ」と考える
    (根拠は人間分析法の『体癖』)
  • 自分の中でグルグル思考してしまうのは単なる“妄想”である
  • 妄想から脱却するために、実際に人と話す
    (人と話すのは怖いけど、一瞬の勇気を出して!)
  • “妄想エネルギー”を誰かのために使えば、有益なシミュレーションになる

となります。

僕自身はこうやって考えることで、とてもラクになり、仕事やプライベートも充実するようになりました。

誰しもに当てはまる訳ではないとは思いますが、ご参考になるところがあれば嬉しいです(^^)

それでは、最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました!!

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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