社会

スペインの歴史を簡単に説明して!と妻に頼まれたので頑張ってみた

イスラム勢力 vs カトリック勢力

「スペインの歴史を簡単に説明して♡」

と妻に頼まれました。

妻は海外旅行の添乗員をしているのですが、もうすぐスペインのツアーへ旅立ちます。

そこでお客様たちにスペインの魅力をもって知ってもらいたいと、スペインの歴史を簡単に説明する方法を尋ねて来たのです。

「そんなムチャな・・・」

「てゆーか、あなたは何回も行ってるんだから、僕より圧倒的に詳しいでしょ?」

と突っ込んだのですが、

「海外に行くのは好きだけど、情報を整理するの苦手なのー」

「あなた、そういうの得意でしょ?♡」

と、ハートマーク付きで言われてしまい、これはもはや断れません。

そんなわけで、ここは頑張ってスペインの歴史を整理してお届けいたします!

スペインの歴史を簡単に!

ではさっそく、大航海時代までのスペインの歴史をザックリ見てみましょう!

めちゃザックリなスペインの歴史
  • 旧石器時代に壁画が描かれたり、地中海の国の影響で文明が育つ
  • ヨーロッパのローマとアフリカのカルタゴが土地を取り合う(紀元前7世紀〜)
  • ローマ帝国などヨーロッパ国の支配下に(紀元前1世紀〜)
  • アフリカから来たイスラム帝国の支配下に(8世紀〜)
  • イスラム帝国が退き小国が乱立
    イスラム勢力とカトリック勢力がせめぎ合う
    (11世紀〜)
  • ヨーロッパのカトリック勢力が支配権を取り戻す(15世紀〜)
  • 大航海時代へ突入!

という感じです。

これを見てもわかるように、スペインは長い歴史の中で、周囲の国から入れ替わり立ち替わり支配されています。

ヨーロッパの中にあるので、ずっと「スペイン」としてあったように感じてしまいますが、全くそうではないのです。

スペインの歴史を把握する秘訣

地中海に面していて、しかも距離的にアフリカと近いこともあって、様々な勢力が入って来ては、また別の勢力が押し返していく、ということを繰り返しています。

更に、それがイスラム勢力だったりキリスト勢力だったり、宗教的に大きく変化する場合があるのです。

ですので、スペインの歴史を把握するには、

  • どこの国の支配下にあって?
  • どんな宗教勢力であったのか?

を整理することがポイントとなります。

そんなわけで、次から順を追って詳しく見ていきましょう!!

旧石器時代から文明があった!

アルタミラ洞窟には旧石器時代の壁画がある

スペインの歴史を遡ると、意外なことにめちゃくちゃ古い時代に辿り着きます。

高校の世界史の教科書で、洞窟の壁に描かれた牛や馬の絵を見たことはないでしょうか?

実はあれって、スペインにあるんです!

まあ、他にもフランスとかに同じような壁画があるんですが、「アルタミラの壁画」って聞いてことありませんか? これはまさにスペインの地名です。

つまり、スペインの位置するイベリア半島には、旧石器時代に文明が生まれていたということです。

そして、歴史が進むと更に驚くべきことがあります。

紀元前12世紀にヨーロッパ最古の都市?!

ヨーロッパ最後の都市ができた!

実はなんと、ヨーロッパ最古の都市が生まれているんだそうです。

紀元前12世紀、フェニキア人がイベリア半島に進出。フェニキア人はヨーロッパで最古の都市カディスを建設。

WIkipedia:スペインの歴史より引用

とあり、非常に古くから都市が築かれていたことが伺えます。
(ただし、何をもって「最古」とするかがよくわからないのと、「ヨーロッパ最古の都市」と検索すると他の都市名が出てきたりするので、本当に一番古いのかはわかりません。でも、「とりあえず古い」というのは確かでしょう(^^;;)

ただ、この都市を建設したのはフェニキア人で、主に地中海の東岸からやって来た人たちです。

こんな風に、外部からやって来た人がイベリア半島内で都市を築くというのは、今後の歴史の展開を象徴しているようにも思えます。

そう。この先も、外部から来た人たちが、ここで活躍することになるのです。

ただし、フェニキア人は文化や文明を持ち込んだだけで、征服まではしませんでした。むしろ、この土地に数字やアルファベットなどを伝えたとされています。

紀元前7世紀 ローマとカルタゴが取り合う

ローマとカルタゴに狙われる

紀元前7世紀には、さっそく土地の取り合いが起こります。

地中海に位置するローマと、アフリカ大陸の国カルタゴが、イベリア半島を巡って争いを始めるのです。

スペインが位置するイベリア半島は、確かにヨーロッパの一部ではあります。ですが、地図で見てわかるように、地中海を挟んでアフリカ大陸とかなり近接しているのです。

そのため、「ヨーロッパの勢力 vs アフリカから来た勢力」という構図は、この先もずっと繰り返されます。

これこそが、スペインの歴史を理解する大きなポイントでもあります。

紀元前200年〜 ローマ帝国の支配

ローマ帝国の支配下に

その後、ローマが争いに勝利し、イベリア半島はローマ帝国の支配下に置かれるようになります。

紀元前200年ごろのことです。

そして、そこから西暦400年ごろまでローマの支配が続くのですが、その時に付けられた名前が「ヒスパニア州」です。

そう。スペイン文化に関連することを表す「ヒスパニック」の語源です。

また、その後スペインの国名となる「エスパーニャ」の元ともなっています。

西暦415年〜 西ゴート王国(南フランス)の支配下

西ゴート王国に支配される

その後、西暦415年、西ゴート王国によって支配が取って代わられます。

とはいえ、これは同じヨーロッパ大陸内での勢力の変化。もともとローマからの支配だったのが、南フランスを拠点とする国に支配権が移ったのでした。

ですが、この先、より大きな変化がやって来ることになります。

西暦711年〜 イスラム帝国の支配下に

巨大なイスラム帝国ウマイヤ朝による支配

時は流れて、西暦711年。イスラム帝国のウマイヤ朝が、イベリア半島を支配しました。

地図に描かれてあるとおり、アフリカ大陸からやってきた勢力です。

ウマイヤ朝はダマスカス(現シリアの首都)が拠点でしたが、最盛期の東端がインドにまで達した非常に巨大な帝国です。

そして、その西北端がスペインのあるイベリア半島だったというわけです。

ここからレコンキスタ(再征服運動)が本格化する11世紀ごろまで、実に300年以上もの間、イベリア半島はイスラム勢力の支配下に置かれることになります。

この時のウマイヤ朝の属州名を、「アル・アンダルス」と言います。その後、ウマイヤ朝の支配がなくなった後も、イベリア半島の南部を「アンダルシア州」と呼ぶようになりました。

西暦750年〜 イスラム帝国の首都が置かれる

後ウマイヤ朝

ここで、ちょっぴり面白いことに、このウマイヤ朝はしぶとくイベリア半島に居残ります。

ウマイヤ朝そのものは、西暦750年、別のイスラム帝国アッバース朝に滅ぼされてしまいます。ですが、その残党(?)がイベリア半島に逃げてくるのです。

そして、そのまま「後ウマイヤ朝」として、新たな国を建ててしまいました。しかも、首都はイベリア半島内のコルドバです。

つまり、スペインの地を拠点としたイスラム帝国が、スペインの地に出来てしまった、という状況が起こったのでした。

これが11世紀初めまで続くことになります。

11世紀〜 イスラムの小国が乱立

カスティーリャとアラゴンなどカトリックの国が生まれる

11世紀初頭、後ウマイヤ朝が遂に滅ぶことになります。

ですが、これでイスラム勢力が消えるかと思いきや、全くそうではありませんでした。

後ウマイヤ朝が無くなった後も、イベリア半島内には小さなイスラム王国が乱立することになるのです。
(このイスラムの小国のことを「タイファ」と呼びます)

カトリックの国も生まれる

ですが、確実に新たな変化も起こります。

イスラムの小国だけではなく、カトリックの王国も誕生し始めたのです。

後にスペインを統一することになるカスティーリャやアラゴンといった国々も、この頃に建国されています。

そして、イスラムとカトリックがごちゃ混ぜになって、小国が乱立する状況が15世紀の半ばまで続くことになるのです。

ヨーロッパ勢力 vs アフリカ勢力

イスラム勢力 vs カトリック勢力

わかりやすく図式化すると、こんなイメージになります。

まさに、「ヨーロッパ勢力 vs アフリカ勢力」なのです。

途中には、アフリカ大陸のムラービト朝がイベリア半島まで介入し、イスラムの小国を支援するという動きもありました。

ですが、流れはカトリック勢力へ どんどん移っていくことになります。

15世紀 レコンキスタ(再征服活動)の完遂

レコンキスタ(国土回復運動)の完遂

カトリック勢力にとってイスラム王国との戦いは、自らの土地の支配を取り戻すことを意味します。

それゆえに、この戦いのことを「レコンキスタ」(再征服活動)と呼んでいました。

その中心勢力だったカスティーリャ王国とアラゴン王国は、1479年に合併。これにより統一スペイン王国が誕生します。
(カスティーリャのイザベル王女とアラゴンのフェルナンド王子は結婚しています)

そして、1492年に最後のイスラム王国グラナダを滅ぼし、レコンキスタを完遂することになったのです。

これにより、スペインはカトリック勢力によって支配され、カスティーリャとアラゴンの王はローマ教皇から「カトリック両王」の称号を与えられます。

名実ともに、スペインを支配する国王となったのでした。

新大陸も発見!

また奇しくも、同じ1492年は、両王に支援を受けたクリストファー・コロンブスが新大陸を発見した年でもあります。

その後、世界は大航海時代を迎え、スペインは『太陽の沈まぬ国』と呼ばれるくらいの繁栄を遂げることとなるのです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

大航海時代までのスペインの歴史を見てきましたが、何となくの流れだけでも掴んでいただけましたでしょうか?

改めてポイントを整理すると……

スペインの歴史を簡単に!
  • 旧石器時代から文明があった(アルタミラ壁画)
  • 紀元前12世紀、ヨーロッパ最古の都市カディスができる
    (地中海東部からフェニキア人がやってきて文化・文明をもたらす)
  • 紀元前7世紀、ヨーロッパのローマとアフリカから来たカルタゴが、イベリア半島を取り合う
  • 紀元前200年〜、ローマの支配下になる
    (ヒスパニア州と呼ばれる)
  • 西暦415年〜、西ゴート王国(南フランス)の支配下に
  • 西暦711年〜、イスラム帝国「ウマイヤ朝」の支配下に
  • 西暦750年〜、アッバース朝に滅ぼされたウマイヤ朝が、イベリア半島で国を再興し「後ウマイヤ朝」になる
    (首都もスペイン内部に置かれる)
  • 11世紀〜、「後ウマイヤ朝」が滅び、イスラムの小国(タイファ)が乱立する
    (この頃、カトリックの小国も誕生する)
  • その後、「イスラム勢力(アフリカ) vs カトリック勢力(ヨーロッパ)」の対立構造が続く
  • 15世紀、カトリック勢力のカスティーリャ王国とアラゴン王国が合併し、統一スペイン王国となる。
    最後のイスラム王国を倒し、レコンキスタ(再征服活動)の完遂する
  • 同時期、コロンブスが新大陸を発見し、このあと大航海時代が幕を開ける

という流れになります。

こうやって見ていると、大航海時代までは色々な勢力に支配されていたことがわかりますね。いわば、スペインというのは、外からの力に翻弄され続けた歴史だったと言えるでしょう。

もしかしたら、そのせいで、大航海時代からの植民地政策に突き進んだのかもしれませんね……。

支配され翻弄され続けた反動として、外部の世界を支配しまくった。

そんな風にも感じられます。

もちろんこれは、僕の個人的な解釈ですが、そんな視点で見てみると、スペインの歴史が更に面白くなるかもしれません♪

さてさて。めっちゃ頑張って調べて整理しましたが、これが妻のスペイン行きの役に立つかどうか? あとは祈るばかりです( ̄▽ ̄;;

※続編書きました!↓

コロンブスの上陸(パブリックドメインの画像)
大航海時代からのスペインの歴史!実は“お家騒動”だらけだった?!昨日、スペインの歴史を説明する記事を書きました。 旅行添乗員の仕事をしている妻がもうすぐスペインへ行くので、出来るだけわかりやすく...

【 御 礼 】
今回、使用させていただいた画像は、『白地図専門店』様より白地図をダウンロードし加工させていただきました。誠にありがとうございました!

【参考文献】
『地球の歩き方 スペイン2018〜2019年版』(地球の歩き方編集室 著作編集/株式会社ダイヤモンド・ビッグ社/2018年)

【参考サイト】
Wilipedia『スペインの歴史』

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つじばやし@農マドワーカー
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「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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