社会

大航海時代からのスペインの歴史!実は“お家騒動”だらけだった?!

コロンブスの上陸(パブリックドメインの画像)

昨日、スペインの歴史を説明する記事を書きました。

旅行添乗員の仕事をしている妻がもうすぐスペインへ行くので、出来るだけわかりやすく整理したのです。

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調査時間と紙面の関係上、大航海時代以降まで説明はできなかったのですが、イラスト付きでスペイン領土の変遷を解説させていただいております。

これより後の歴史は有名なところですし、スペインを知るという意味ではこれで十分でしょう!

が、今日、これを読んだ妻が言いました。

妻
大航海時代の後は?
夫
え・・・?
妻
大航海時代の後もあったらいいなー♪

いや、ちょっと待ってくれ……。昨日の記事書くのに6時間くらいかかってるのよ。しかも、あそこまで行ったらスペインの歴史は十分じゃない? これより何かを求めるのは酷じゃない?

妻
大航海時代の後も、あったらいいなー
夫
・・・。
妻
あったらいいなー♡
夫
・・・・・・。

ええい! わかりましたよ! 書けば良いんでしょ、書けば!!

こうなったら、とことんやってやります! でなければ、男が廃ります! 妻への愛を叫んでいるこのブログの価値が下がります。

そんなわけで、大航海時代以降のスペインの歴史、わかりやすく解説してみます!

大航海時代からのスペインの歴史

まず、大まかな流れから見ていきましょう!

大航海時代から現代までのスペイン
  • アメリカ大陸を発見し植民地支配を開始
  • ヨーロッパ内部の領土も広げ「太陽の没することなき大帝国」となる
    (16世紀はスペインにとって『黄金の世紀』)
  • だが、栄光から一転。17世紀は没落の一途をたどる。
    (イギリス・フランスに負け領土を奪われる)
  • スペイン本国の内政が混乱し、植民地もどんどん独立(19世紀)
  • 王政や共和制、独裁制がグルグルと入れ替わり不安定な状態が続く(20世紀)
  • 1975年、ようやく議会君主制に落ち着き現在に至る

要するに、いったん栄華を極めたけれど、そこから没落して混乱が続いてしまった、ということですね。

とてもシンプルです。

ですが、その裏にあるものを調べると、非常に興味深いものが見えてきます。

栄華も没落も実は“お家騒動”

先ほど、没落の特徴として「内政の混乱」というのがありました。

つまりこれは、王家が入れ替わったり、他国から新たな王家がやって来たり、というものです。

もっと簡単な言葉で言うと、“お家騒動”が頻繁に起こったわけです。

ですが、“お家”(おいえ)が影響したのは没落の時期だけではありません。

実はスペインが繁栄を遂げたときも、“お家”が大きな影響を及ぼしていたのです!

スペイン帝国に治めた王家たち

スペインの政治関わった“お家”(=王家)を整理してみると、こんな感じになります。

年代王家
15世紀末〜スペイン王家
(カスティーリャ家+アラゴン家)
16世紀〜17世紀ハプスブルク家
18世紀〜19世紀ブルボン家
20世紀〜共和制や独裁制や王制が入り乱れる

で。これを、先ほどの栄華と没落の流れと合わせた表にすると……

年代出来事王家
15世紀末〜アメリカ大陸発見。植民地支配を開始スペイン王家
16世紀栄華を極め「太陽の没することなき大帝国」にハプスブルク家の隆盛
17世紀栄光から一転。没落の一途をたどるパプスブルク家の衰退
18世紀〜19世紀内政が混乱し植民地が独立していくブルボン家の介入と混乱
20世紀〜体制がどんどん入れ替わり不安定共和制や独裁制や王制

という風になります。

これを見ていていただくと良く分かるのですが、スペインの移り変わりと王家の盛衰がシンクロしています。

つまり、スペインの栄華と没落と混乱は、統治に当たった王家と深く関わっているということです。

そんなわけで、次からはそれぞれの王家について詳しく見ていきましょう!

スペイン王家(カスティーリャ家+アラゴン家)

まずはスペイン王家についてですが、これは前回の「大航海時代までの歴史」でお伝えした、カスティーリャ王家とアラゴン王家が合併したものです。

それまでイスラム勢力とカトリック勢力が入り乱れていたイベリア半島から、イスラム勢力を追い出し、カトリック勢力の支配下に置いた『レコンキスタ(再征服活動)』の主導国ですね。

この「カスティーリャ+アラゴン」のスペイン王家により、スペインは独自に統一された国家となりました。

そして同時期にコロンブスが新大陸を発見し、植民地支配の時代へ移っていくことになります。

ただ、スペイン王家は更なる権力を手に入れるため、新たな行動に出ます。

それは、カスティーリャ女王とアラゴン王の夫妻から生まれた王女を、神聖ローマ皇帝の息子と結婚させることでした。

いわば、由緒ある血筋の王家と婚姻関係を結ぶことで、権力の増強を図ったということ。

そして、この婚姻関係を結んだ神聖ローマ皇帝の息子が、ハプスブルク家の血筋だったのです。

ハプスブルク家の隆盛

「ハプスブルク家」とは何かと言うと、元々はスイスを発祥とする貴族です。

ですが、単なる貴族にとどまらず、政略結婚を駆使することで、オーストリア、スペイン、ナポリ、ハンガリーなどの王家となって来ました。

つまり、ヨーロッパ各地の王家に血筋を送り込み、王族として支配権を広げていった家なのです。

その一つがスペインであり、「カスティーリャ王家+アラゴン王家」の王女と結婚することで、ハプスブルク家はスペインの王家にもなったのです。

スペイン・ハプスブルク朝

ゆえに、この頃のスペインは、「スペイン・ハプスブルク朝」とも呼ばれます。

『レコンキスタ』を達成した本来のスペイン王家だけではなく、ヨーロッパ各地に影響力を持ったパプスブルク家の支配下にも入った、ということです。

極端な言い方をすれば、「ハプスブルクに乗っ取られた」となるかもしれません。

ただ、ハプスブルクの血筋が混ざることで、スペインは強大な力を手にします。

スペイン国王 兼 神聖ローマ皇帝

先ほども言ったように、スペイン王家にやって来たハプスブルク家の男子は、神聖ローマ皇帝の息子でした。

そして、この婚姻によって、スペイン王家にカルロスという世継ぎが誕生します。
(実は、カルロスには兄弟がおり継承問題が発生しましたが、複雑になるのでここでは触れません(^^;)

つまり、カルロスはスペイン王家の跡継ぎでもあり、神聖ローマ皇帝の孫にも当たるのです。

ですので、先代の神聖ローマ皇帝(=祖父)が死去した後、カルロスは神聖ローマ皇帝に即位することになりました。
(ここにもまた、色々なすったもんだがありましたが省略します( ̄▽ ̄;;)

「スペインの王でありながら神聖ローマ皇帝でもある」という、特殊な国王が誕生したわけです。

カルロスは、スペイン国王としては「カルロス1世」、神聖ローマ皇帝としては「カール5世」を名乗りました。

『黄金の世紀』へ

こうやって「スペイン国王 兼 神聖ローマ皇帝」となったカルロス1世の影響力は強大で、それまでハプスブルク家が積み上げてきた血縁関係により、オーストリア、オランダ、ナポリ、ミラノまでをも領有することになりました。

つまり、スペインは、アメリカ大陸発見によって植民地支配を広げるだけでなく、ヨーロッパ内においても支配権を広げることになったのです。

さらに1580年、カルロス1世はポルトガル国王も兼ねるようになります。

また、この頃には中南米だけでなくフィリピン、マカオ、マラッカなどをも植民地下に置いていたため、

「ある領土で太陽が沈んでいても、別の場所では出ている」ということと「繁栄している」ということを掛け、

Wikipedia:太陽の沈まない国より引用

『太陽の沈まない国』『太陽の没することなき大帝国』とも呼ばれるようになりました。

いわば、この16世紀は、スペインにとって『黄金の世紀』となったのです。

ハプスブルク家の衰退

ですが、栄華を極めれば、その後は落ちるしかありません。

『黄金の世紀』(=16世紀)に『太陽の沈まぬ帝国』となったスペインでしたが、17世紀には没落の一途を辿ります。

勢いを落とすスペイン帝国

  • 1581年 オランダ独立
  • 1588年 無敵艦隊がイギリスに敗れる

といったことを皮切りに、スペイン帝国の勢いは下り坂に入ります。

1640年には併合していたポルトガルも独立し、スペインの力は完全に陰りを見せます。

また逆に、イギリス・フランスの勢いが増し、それまでのスペイン支配を押しのけるように、植民地を広げていきます。結果、スペイン領も奪われることになったのです。

ハプスブルクの家系にも問題が……

さらに、外交や軍事だけではなく、内政でも問題が起こります。

それは、病弱な王が続いたことでした。

原因はハプスブルク家の近親婚の習慣だと言われています。

それまで政略結婚を駆使することで支配権を広げたハプスブルクは、一族以外に領地が継承されることを防ぐため、血族同士での結婚を重ねていました。

ゆえに、病弱な子どもばかりが誕生する事態となったのです。

それはスペインのハプスブルク家も同じ。病弱な王が続き、遂には跡継ぎが生まれなくなってしまいました。

そして1700年、カルロス2世の死去により、スペイン・ハプスブルク朝は断絶することになります。

いわば、ハプスブルクの家系が病弱になる過程と、スペイン帝国が勢いを無くす過程が、シンクロしていたのでした。

ブルボン家の介入と統治失敗

とはいえ、広大な植民地を持つスペイン帝国が終わるわけではありません。ハプスブルク家の血筋は断絶したものの、「スペイン王家」としては継承が進められます。

そこにやって来たのが、ブルボン家でした。

フランスから来たブルボン家がスペインを継承

ブルボン家とは、フランスで栄華を誇った『太陽王』ルイ14世の血筋です。

17世紀後半、スペインの没落とは反対に、フランスは強大な影響力を持つようになりました。その立役者であるルイ14世は、スペイン・ハプスブルク家の断絶に際し、自らの孫をスペイン帝国の継承者として送り込んだのです。

当然のことながら、「フランスの思い通りにはさせまい!」と他国は抵抗。戦争にまで発展します。

ですが、12年に渡る継承戦争の後、ルイ14世の孫フィリップがスペイン国王に即位することになります(即位後は「フェリペ5世」)。

これによってスペインは、フランスのブルボン家から大きな影響を受けることになるのです。
(極端な見方をすれば、「フランスの配下」と言ってもいいかもしれませんね)

スペイン・ブルボン朝が成立

こうやってブルボン家が統治することになったスペインを、「スペイン・ブルボン朝」と呼びます。

この18世紀初めに誕生したスペイン・ブルボン朝は、当初安定した政治を進めたため、国内産業がある程度成長することになります。

ですが、19世紀に入ると一転。混乱期に突入します。

ナポレオン侵入による混乱

というのも、ブルボン家の本拠地フランスでは1789年にフランス革命が起こり、1807年にはナポレオン軍がスペインに侵入したからです。

ブルボン家とは反対勢力とも言えるナポレオンは、「スペインを救おう!」と自身の兄ジョゼフ・ボナパルトをスペイン王にします。

が、直後、スペイン人による反乱が起き、戦争に突入してしまいます。

混乱が続き、植民地も失う

その後は何だかもう、しっちゃかめっちゃかです(- -;;

  • イギリス軍の参戦もあって、スペイン軍はナポレオン軍を撃破。
  • ナポレオンの支配から独立し、ブルボン家が再びスペイン王となる。
  • が、絶対王制を復活したため、国内の自由主義者たちが反発。
  • その反乱を沈めるため、ブルボン家は当時のフランス(ナポレオンではなくルイ国王)に援軍を要請。
  • 再びフランス軍がやって来て、またも混乱。
  • その後、スペイン・ブルボン朝が終わり、共和制が誕生

といったことが起こります。

この間には、

  • ペルー、メキシコなどの植民地がスペインから独立(1821年)
  • プエルトリコやフィリピンが、アメリカとの戦争で奪われる(1898年)

という事態となり、スペインは植民地をみるみる失っていきました。

共和制や独裁制や王制が入れ替わる

こうやってスペイン・ブルボン朝も断絶し、スペインに新たな風が吹くかに見えました。

ですが、ブルボン朝の後に生まれた共和制も長続きしません。結局、6年ほどで終わりを告げます。

その後は、以下のように時代が進みます。

  • 1875年、再び王政復古。一時的に小康状態を見る。
  • が、無政府主義や社会主義が生まれ、やはり混乱に……
  • 1914年からの第一次世界大戦では中立を保ったため、戦争特需で産業が発達。
  • が、労働運動が活発化しストライキが頻発。
  • 第一次世界大戦の終了とともに特需も終わり、社会不安が増大。王政が危機に。
  • 1931年、共和制を求める声が高まり、スペイン共和国が成立。
  • が、政治的な対立が絶えず、やはり混乱……。
  • 1936年、軍人たちのクーデターをきっかけに更なる混乱。内戦に発展する。
  • 1939年、軍人フランシスコ・フランコが国家元首となり独裁体制に。
  • が、第二次世界大戦には参戦せず、上手く乗り切る。
  • 1975年、フランコの死により独裁制が終了。

と、読んでいるだけでも頭が混乱するくらい、目まぐるしく体制が変わります。

その後、再び王政復古がなされ、ブルボン家の王が即位。新憲法が制定され、民主化も進められました。

この議会君主制にようやく落ち着き、現在(2018年)に至っています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

終盤は変化が目まぐるしすぎて、正直なところ上手くまとめることが出来ませんでした(^^;;

ですが、大航海時代以降の大まかな流れをまとめると……

  • ハプスブルク家によりスペインは『太陽の沈まぬ国』として栄華を極めた
  • その後、ハプスブルク家の衰退と共に、スペイン帝国も下り坂へ。
  • フランスからブルボン家がやって来るが、ナポレオンの侵攻などで混乱続き……
  • 没落と混乱が続く中で、かつて支配していた植民地が次々に独立
  • 内政も混乱と変化が続いて、共和制と王政と独裁制が入れ替わり立ち替わり
  • 現在は、ブルボン家による王政復古の後、議会君主制が継続している

という歴史になります。

そんなわけで、妻のために勉強したスペインの歴史ですが、予想外に面白く、自分自身も楽しみながら整理することができました!

あなたにも何かしらお役に立てるところがあれば嬉しいです(^^)

※大航海時代以前のスペインの歴史はコチラ↓

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【参考文献】
『地球の歩き方 スペイン2018〜2019年版』(地球の歩き方編集室 著作編集/株式会社ダイヤモンド・ビッグ社/2018年)

【参考サイト】
Wilipedia『スペインの歴史』

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「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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