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霊能者に騙されるな!アドラー心理学を活用して自分の人生を歩もう!

自分の意志で生きる

こんなことを書いていいのかわからないのですが……

でも、こんなことを言いながら書くのですが……

なぜか以前から、霊的な能力を持った人とご縁をいただくことを多いです。

……うわー、なんかもう、この時点でページを閉じられそうですね( ̄▽ ̄; でも、それでも思い切って書きます!

20代の後半を迎えたあたりからか(現在僕は36歳です)、

  • あなたの背後にいる霊の声が聞こえる
  • その土地にいる神様の声が聞こえる
  • あなたの先祖と話ができる
  • 宇宙から来た高次元の存在と交信できる

みたいな人たちと会うようになりました。

あ。でも、何かの集団に属しているわけではなく、偶然に何かのご縁で出会った方が、お話ししているうちにそんな能力を持っていた、というケースばかりです。そして、そういった能力を持つ複数の方々とご縁をいただきましたが、その人たち同士に繋がりはありません。全て、僕と個々に出会ってくださいました。

また、念のために言っておくと、僕自身には霊感とか霊能力といったものは全くありません。霊は、すごーーーーーく昔の子どもの頃に「一回出会ったもしれない。でも、あれって本当に霊だったのか?」程度しか見たことがないですし、見えない存在を感じ取ったり、ましてや会話することなんて出来ません。だから、なんでこんな霊的な関係の方々と出会うのか、よくわからないのです。

そしてそして、更に念のために申し上げておくと、僕が出会った霊能力者さんたちは良い人ばっかりです。たまたま意図せず、そういう力を持ってしまって、人のために頑張っている方もいらっしゃいましたし、中には「これはお役目だから」と一銭ももらわずにボランティアで活動されている方もいらっしゃいました。

って、こんなことを言うと……

  • 「いやいや。逆にそういう方が怪しいやん!」
  • 「あんた、絶対だまされてるって!!」

というお声が聞こえて来そうです。

……はい。そのとおりです。

僕は、だまされていました。

お金は取られなかったかもしれない。霊能者さんたち(と、ここでは呼ぶことにします)にも悪意はなかったかもしれない。むしろ、すごくすごく善意だったかもしれない。

けれど、霊や神様といった見えない存在の声を聞こうとすることそのものが、「だまされる」という行為なのです。霊能者さんが悪意か善意かどうこうではなく、霊や神様の声を聞こうとすることそのものがおかしいんです。

どういうことなのか? 次から詳しくお話ししていきます。

霊や神様の存在を信じているから

今、「霊や神様の声を聞いてはいけない」と書きました。ですが、ここで申し上げておかないといけないのは、僕は「霊や神様を大切にするべきだ」と思っているということです。特に、自分のご先祖様のことは尊敬していて、今でも僕の後ろで見守ってくれていると思っています。

だから、端的に言えば、僕は霊や神様の存在を信じています。そして、そういった見えない存在を敬い、感謝しながら生きるのがいいと思っているのです。
(僕は毎朝、神棚と仏壇にお参りすることを習慣にしています。このブログを書く前も、お参りを済ませたばかりです)

「なんや、それ? 矛盾してるやん!」

と思われるかもしれませんが、そうではありません。確かに僕は霊や神様の存在を信じていますし、そういった存在を大切にすべきだと考えています。

ですが、霊や神様を大切にするからといって、自分の人生を縛られる必要はありません。

仮に、そういった存在が何かを伝えてくれたところで、自分の意思や行動を変える必要はないのです。

「自分の人生を縛られる必要はない」というのは、あたかも「霊や神様の言うことは聞かない!」という風に聞こえるかもしれません。

ですが、そこまで霊や神様のことを切り離しているわけではありません。あくまで、わかりやすくするために、こう書きました。

この辺りのニュアンスをお伝えするのは難しいのですが、

  • 霊や神様のことは大切だから、その声や意志は聞こうとする
  • もしそれが聞こえたなら、それを最大限に尊重したい
  • 僕が生かされているのは、ご先祖様や神様、様々な見えない存在のおかげなので、ありったけ敬意を払いたい
  • だから、僕の人生は霊や神様と共にある(特にご先祖様と)
  • けれど、最終的な判断は、現実を生きている僕自身がする

というような感じです。これでも上手く伝わらないかもしれませんが……(^^;

親子関係に置き換えて考えてみる

これって、親子関係に似ているかもしれません。

親は子どものことをとことん愛し、子どもにとって「良かれ」と思って色々なことをします。ですが、それを受け入れるかどうかは子ども自身の責任です。もちろん、幼いうちは親の言うとおりになることが多いですが、それでも子どもの人生はあくまで子どものものであって、親が全てコントロールすべきものではありません。

けれど、だからと言って、子どもが親に反発ばかりして、親の気持ちを無視していいかと言うと決してそうではなく、親の気持ちを最大限に汲み取り、親に感謝と尊敬をして生きるのがいいと思います。

つまり、霊や神様といった見えない存在との関係においても、

  • 感謝や尊敬は最大限にするけれど、言われるがままに生きればいいというわけではない
  • 敬意を払いつつも、自分の意思と行動は自分自身で選択する

ということになります。

いえ……ここまで書いて来て冷静に振り返ると、すごく自然なことですよね(^^; もちろん霊や神様との関係は親子関係とは異なりますが、「現実世界を生きる」ということを考えれば、他の存在に意思と行動を全て委ねるのはおかしいと言わざるを得ません。

ですから、霊や神様だからといって自分の人生を委ね過ぎないよう、「現実世界を生きる責任は自分自身で負う」という覚悟を持つ必要があるのです。

アドラー心理学の「課題の分離」を活用する

ここで参考になるのは、アドラー心理学でいうところの「課題の分離」です。

「はぁ? 霊能者の話やのに、何で心理学が出てくるねん!?」

となられるかもしれませんが、これ、めっちゃ使えるんです!!

「課題の分離」というのは、短くまとめると……

自分の担当する課題と他者の担当する課題とを明確に分け、相手の課題には互いに立ち入らないようにする

というものです。

先ほどの親子関係で言えば、「親は子どものために色々と考えてしまうけれど、子どもの人生はあくまで子どものものであり、それをコントロールするのは相手の課題に踏み込むこと」となります。

そして、これを霊や神様の話にも当てはめてみると、

霊や神様は現実世界の人間のために色々と思いやってくれるけれど、現実でどう生きるかはあくまで人間自身の課題

もっと言うと……

現実世界をどうするかは、あくまでも現実を生きる人間たちの課題

ということになります。

ですから、仮に霊や神様の声を本当に聞いたとして、それをそのまま信じ、盲目的に実行するということは、自分の課題に向き合っていないということになります。

「課題の分離」で考えると、霊や神様は見えない世界を担当していますが、僕たちは現実世界を担当しています。だから、僕たちの課題は霊や神様が踏み込むべきところではないのです。もちろん、愛情や思いやり、アドバイスをかけてくれるなら、それを有り難く受け取るべきです。ですが、それによって自分の課題を放棄すること……すなわち、自分自身で考えず言われた通りにするのは違うのです。

いま目の前にある現実は、あくまでも自分の課題。それに向き合うことが大切です。

繰り返しになりますが、「霊や神様のことを何も聞かない」「存在を無視する」ということではありませんよーー! 最大限の敬意を払いつつ、霊や神様のためになるようにも考えつつ、でも、「この現実世界は僕たちの課題だから」と自分たちで責任を追う覚悟を持つことが大事なんです!

霊能者が何を言おうと関係ない

こんな風に考えると、どうでしょうか? そもそもの話として、霊能者が何を言っても関係がなくなってきます。仮に、その霊能者が本当に霊や神様の声を聞けて、それを僕に伝えてくれたとしても、それが僕の人生をコントロールすることにはならないのです。

自分の人生や周りの現実は、あくまでも自分自身の課題。霊能者が伝えてくれる言葉は他者の課題であり、それをどのように使うかは自分の責任と裁量の元に決めればいいのです。

よくあるのは、「この霊能者が言っていることは正しいのかどうか?」を考えてしまうことなのですが(というか、僕自身がそうだったのですが)、実はそれはあんまり関係ないのです。そもそも、霊能者の言葉が正しかろうと間違っていようと、その言葉を取り入れるかどうかは、自分自身の選択なのですから。

ですから、「霊能者が悪意か善意か」だったり「詐欺かどうか」も関係なくなってきます。問題は「霊や神様の言葉を受け入れるかどうか?」という前提の部分なわけで、霊能者がどうであろうと関係がないのです。

つまり、「課題の分離」ができて、「自分自身が生きる現実世界は、あくまでも自分の責任と課題」と考えることができれば、霊能者の言葉はあくまでも参考資料となり、それに縛られることがなくなるのです。

自分の課題を明け渡さない

しかし、以前の僕は、ここの部分がおろそかになっていました(^^;;

当時から「霊や神様は大切にすべきだ」と思っていました。そして、出会った霊能者さんたちは魅力的な方々ばかりで、しかも周りの信頼も厚かったので、「この人の言うことはきっと正しい!」と思ってしまったのです。

いえ。「正しい」と思うところまでは良かったでしょう。ですが、「だから、この人の言うことを聞かなくちゃ!」とまで思ってしまったのは、良くありませんでした(- -;

これはつまり、相手の言葉に盲目的に従っていることになり、自分の課題を明け渡していることになります。自分の意思と責任で向き合うべきところを放棄していたのです。

ですから、「この霊能者さんは素敵だ」「この人の言っていることは正しいかもしれない」とまでは思っても、「その言葉を取り入れるかどうか?」は自分の責任の元に行うべきだったのです。

だから、僕はだまされました。

霊能者さんたちにではなく、自分自身に騙されました

本来は自分で判断すべきことや責任を取るべきところを放棄して、「霊や神様が言うんだから」「この霊能者さんが言うんだから」と行動してしまったのです。

もちろん、その行動によって得られたものも大きかったのですが、思考や判断の過程が自身の責任の伴わないものであったため、悩みや迷いを抱えてしまう結果になりました。

ですから、いま僕は強く思うんです

  • 霊能者さんと付き合ったっていい。言うことを信じたっていい。
  • けれど、それによって自分の責任や課題を放棄してはいけない。
  • 自分の人生と目の周りの現実は、自分自身の意思で切り開け!

……と。

結局は自分自身の問題

ここまで色々と書いてしまいましたが、僕は決して霊能者さんたちを否定したいわけではありません。むしろ、僕の出会った霊能者さんたちは素敵な方々ばかりなので、これからもお付き合いしていきたいと思っています(^^)

ですが、大切なのはお付き合いの仕方なのです。その人の言うことが正しいかどうかでも、善意か悪意かでもなく、「その人の言葉を自分がいかに受け入れるか?」という、自分の姿勢の問題なのです。

つまり、霊や神様の言葉を伝え聞いたからって、それをどうするかは自分自身の問題だということ。

ぶっちゃけ、こういった経験をする人は少ないとは思いますが、僕自身の経験と考えが少しでもお役に立てればと、思い切って書かせていただきました。少しでも、あなたのご参考になるところがあれば幸いです。

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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