メンタルマネジメント

悩んだり落ち込んだりしたときは?自分で自分の可能性を縛らない!

悩んだり落ち込んだりしたときは?

「自分の可能性を縛るのは、実は自分自身なんだなぁ……」

そんなことを感じています。

日々を生きていると、落ち込むことや悩むことは当然起きます。ですが、よく考えると、人生に“落ち込み”や“悩み”は不要です。

なぜなら、地球や自然は常に動いていて、人間社会も常に動いていて、落ち込んだり悩んだりして動きを止めることは、その流れに乗り遅れることに他ならないからです。

落ち込むヒマや悩むヒマがあるのなら、どんどん動いていくことが一番の解決策です。あるいは、動くだけの余裕がないのであれば、ひたすら休むことに徹するか、ですね。

自分の貴重な時間やエネルギーを“落ち込むこと”や“悩むこと”に費やすのは、「ムダ」でしかありません。

そして、“落ち込み”や“悩み”を選択しているのは誰かというと、紛れもなく自分自身です。自分で落ち込む状況や悩むことを選択しているから、そのネガティブな状況に陥ってしまいます。

つまり、自分自身で、本来発揮できる自分の能力を閉ざし、自分を苦しめる状態を作っているのです。

自分で可能性を閉ざす人にガッカリします

ブログをご覧いただき、ありがとうございます! 「農マドワーカー」のつじばやしです。大阪の郊外で自然農法の田んぼをしながら、インターネット関連の仕事をしています。

いきなりぶっちゃけ話になってしまいますが、人にガッカリすることが多いです。

詳細をここでお話しすることは出来ないのですが、今まで仕事やプライベートで色々な方と関わらせていただいていきて、「なんでそんなことになるの?」と感じることがよくあります。

その大きな理由が、「自分で自分の可能性を閉ざしてしまう」というものです。

「自分の可能性を閉ざす」とは?

これまた抽象的な表現になって申し訳ないのですが、「自分で自分の可能性を閉ざす」というのはどういう状態かというと……

  • 「今まで頑張ってきて もうすぐ成果が出そうなのに、そこでやめちゃうの?!」とか
  • 「日々ちゃんと進んでるのに、なんで自分のことを認められないの?!」とか
  • 「もう知識も能力も十分あるのに、なんで行動を起こさないの?!」とか
  • 「グダグダ考えて、行動しない理由にしてんじゃねーよ! さっさとやれ!」とか
  • 「自分の人生が上手くいかないのを、他人のせいにしてんじゃねーよ!」とか

そんな感じの状態です。

って、感情的な言葉ばかりになったので、よくわからないですよね……(^^; ですので、もう少しシンプルにまとめると、

  • 勝手に自分で落ち込んで、自分の歩みを止めたり
  • 頭で考えて悩むばかりで、実際の行動を起こさなかったり
  • その悩みを、自分のせいではなく他人のせいにしてしまったり

というような状態です。

本気でもう「ええ加減にせーや!」「アホなのか?」と思ってしまいます。

あと逆に、何も考えなさすぎて過度に動いて、自分を苦しめている場合もあります。

  • 「何も考えずに、やみくもに進んでんじゃねーよ! ちゃんと足元見ろよ!」とか
  • 「『頑張ってたら報われる』とか、そんな“お花畑”なこと思ってんの? ちげーよ! ちゃんと考えろよ!!」とか
  • 「そもそも、それが本当にアンタのやりたいことなのかよ??」とか

これもまた、ご自身のことをきちんと見ずに可能性を閉ざしているパターンです。

ガッカリすることの連続です

まあ、結局のところ、その人の人生はその人のものなので、僕には関係のない話です。

ただ、やっぱり一生懸命関わらせていただいたり、しかもそれがお仕事だったりすると、何とも言えない苦い気持ちになります。

「そうかー。上手くお手伝いできていなかったかーーー(>_<)」とか

「あー。そこで、そういう判断をしてしまうかーー」とか

「なぜ、そうなった?!?!」とか

「そこは、こっちも見落としていたーーーー(T-T)」とか

なので、僕の日々の生活は“ガッカリ”の連続です。

でも、この“ガッカリ”も実は、自分で自分の可能性を閉ざしている状態です。

僕も自分自身の可能性を縛っています

先ほど「“落ち込み”や“悩み”は必要ない」と書きましたが、この自分の“ガッカリ”もまさしくそれに当たります。

悩んで落ち込んでいるからこそ、ガッカリするわけで。ガッカリしてしまえば、そこで自分の歩みもストップするので、人生をムダに過ごしているわけです。

はい。ですので、先ほど列挙したネガティブな言葉は、自分自身にそのまま返って来ます。

ということは、「自分の可能性を縛っている」というのは僕自身にも当てはまるのです。

他人のことに影響されない

そう。だから実は、一番の解決策は

他人のことに一喜一憂せずに、自分の人生を進めることだけに集中すればいい

ということです。

これは自分自身にも言えますし、他のどんな人に対しても言えます。

どうやら人間は、他人のことを気にしすぎるようです。そして、気にしすぎて自分の行動を狭めてしまいます。

先ほどの例を振り返ると……

  • 「頑張ってきたのに、途中でやめてしまう」というのは、「ふと他人のことが気になって、歩みを止めてしまう」という場合が多いですし
  • 「行動を起こさない」のも、「自分が変化したら、周りから何か言われるのでは?」という恐怖がある可能性が高いです
  • ましてや、「他人のせいにしてしまう」というのは、完全に他人を気にしすぎて自分の行動に影響を受けています

こんな風に、他人のことが気になって、自分の人生に集中できないからこそ、本来あるべき行動を起こせなくなってしまうのです。

他人が気になるのも自分自身の問題

そして、そもそもの話として、「他人のことが気になる」というのは、あくまでも自分自身の問題です。

他人が「私のことを気にして!」なんていうことはなく、自分の頭や心で勝手に妄想したり不安になったりして、他人を気にしてしまいます。

ですから、「他人を気にして動けなくなった」としても、結局のところ「自分自身で可能性を閉ざしている」というわけです。

“悩み”や“落ち込み”は軌道修正のサイン

ですが、たとえ自分で自分の可能性を閉じたとしても、それに対処することはできます。

そのポイントは、「あ。今の自分って“悩み”や“落ち込み”の状態にあるな」と気づくことです。

今回の僕も、「人にガッカリする」ということで、本来あるべき時間とエネルギーの使い方から外れ、自分の可能性を閉ざしてしまっています。

ただ、こんな風に“ガッカリ”することで、

  • 「あ。今の自分って、他人のことを気にしすぎている」
  • 「時間とエネルギーをムダにしてしまっている」
  • 「自分の本来の可能性を閉ざしてしまっている!」

と気付き、思考と行動を修正することができます。

そう。実は“落ち込み”や“悩み”は、「いま自分は違う方向へ進んでる」ということに気づき、軌道修正をするためのサインなのです。

まとめ

ん? ということは?

冒頭では「悩みや落ち込みは不要!」と書いてしまいましたが、「悩みや落ち込みがあることで、人生を軌道修正できるきっかけになる」とも言えますね。

なんだか矛盾のような矛盾でないような、よくわからない内容になってしまいました。

というか、今回の記事は「論理的に」というより、かなり「感情的」「直感的」に書いています。ですので、論理でつながらないところが多々あると思います(^^;;

ですが、こんな支離滅裂な文章の中からも、何かしら感じていただけるものがあるかもしれません。

今回の要点をまとめると……

悩んだり落ち込んだりしたときは?
  • 人生で“落ち込み”や“悩み”は不要
  • それは「自分で自分の可能性を閉ざしていること」を意味する
  • “落ち込み”や“悩み”というのは、他人を気にしすぎて、それによって自分の人生が悪影響を受けている状態
  • だから、そこから抜け出し、自分の人生を進めることに集中するのが大事
  • であれば、“悩み”や“落ち込み”は、自分の人生を軌道修正するきっかけにできる

となります。

完全に自分の思考と感情を整理するために書きましたが、あなたの人生にとっても、少しでもプラスになるところがあれば幸いですm(_ _)m

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!!

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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