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先祖の財産は守らなければならないのか?義務感や責任感からの脱却

先祖の財産は守らねばならないのか?

「先祖が遺した財産を無くすのは悪いことだ」と考えていました。

ですが、「あれ?本当にそうなのかな?」と先ほど気づいたのです。

というのも、先祖から継いできた財産を無くしたご家庭であっても、その後ご自身でお仕事をされて、きちんと生活をされているからです。

むしろ、「財産を守らねば!」「先祖の恩に報いねば!」という責任感や義務感から解放されて、幸せなんじゃないかと思うくらいです。

あ。申し遅れましたが、我が家は江戸時代から400年続く旧家です。

僕はまだ跡取りで、実際に財産管理の責任者ではありませんが、「先祖の遺したものを守らないといけない!」とずっと重たく感じていました。

ですが……

  • 先祖が遺したものって本当に守らないといけないのかな?
  • 財産を守ることって本当に意味のあることなのかな?
  • それって、誰かが幸せになることなのかな?

そんな風に考えたのです。

400年続く旧家の跡取りです

ブログをご覧いただき、ありがとうございます! 「農マドワーカー」のつじばやしです。大阪の郊外で自然農法の田んぼをしながら、インターネット関連の仕事をしています。

しかして その実態は、江戸時代から続く旧家の跡取りです。

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↑詳しくはこちらの記事に書きましたが、約400年の間 先祖が継いできた土地や山林や農地を守りながら、生活させていただいています。

そして、幼少の頃からずっとこの環境だったので

「先祖から受け継いだものは絶対に守らなければならない!」

「自分の代で財産を食いつぶして無くすことがあってはならない!」

という風に考えて生きて来ました。

それが、さも「当たり前」というように。

ですが今、その考えに対して、疑問を抱くようになったのです。

財産は守りたいけど義務感は不要

あ。でも、先に言っておきますと、僕は先祖が遺してくれた財産を大切に守りたいと思っています。

自分の代で食いつぶすことなく、できるだけより良い形で次の世代につなげたいと思っています。

だから、この記事でお伝えしたいのは、「先祖の財産は好き勝手に使えばいい!」「自分の欲望のままに食いつぶせばいい」ということではありません。

ただ、「守らなければならない」「残せなかったら悪だ」といった過大な義務感や罪悪感は不要だと思うのです。

そう。

  • 「守りたい」「次へ繋げたい」という自分自身の“望み”であればOK
  • でも、「守らねば」「残さねば」という義務は違うんじゃない?

ということなのです。

あ。念のため、補足でお伝えしておきます。

「財産」と聞くと、一般的に良いイメージに捉えられます。ですが、実はそうではないと考えています。たしかにメリットもありますが、それを管理する手間やリスクがあるからです。

土地であればそれを管理するリスク。賃貸物件であれば空室リスク。株式などであれば損失のリスクがあります。あるいは、単に預貯金であっても、それを使うだけになれば減って無くなってしまうので、生産性が無くなります。

そして、そうやって財産だけに頼った生活をしていると、自分が働く習慣が無くなるので、いざというときに生活を維持できなくなるのです。

ときどき「財産目当てで結婚」とか「相続財産のために○○」と聞きますが、アホなのかと思います。財産って、プラスに見えても、それだけのデメリットやリスクがあるので、きちんと知識や心構えができていないと、受け取ってもむしろマイナスになります。

実際に財産を無くした人の話を聞くと

これは、実際に先祖からの財産を無くされた方を見ていると思います。

あ。でも、正確には直接見たわけではなく、過去の記録を読んだり人から伝え聞いたりしただけです。ですが、そういった方々のお話をお聞きするに、決して不幸になったわけではないと思うのです。

むしろ、先祖からの財産を無くされたがゆえに、それまで背負っていた義務感や責任感から解放されたのではないかと。

もちろん、負債の整理があればめちゃくちゃ大変ですし、環境が変わった場所で仕事することになって それも大変です。けれど、そこから自分自身の人生が新たに始まるはずなんですよね。

って、実際にその立場になったわけではないので想像の域を出ませんが、先祖の財産を無くしたからといって、不幸になるわけではないと思うのです。

財産を「守るだけ」は誰も幸せにならない

となると、「先祖の財産を守らねば!」「次の世代に残さなければ!」という考えに、あまり意味がないことがわかります。

そもそも、そうやって「守らねば」「残さねば」とすることで、誰かが幸せになるのでしょうか?

自分自身も「~~しなければ!」という義務感に縛られて苦しいし、財産を貯め込むだけになれば、社会への貢献も他者の喜びもなくなってしまいます。

結局、自分も他人も社会も、誰をも幸せにできないのです。

ですが、本来の“財産”って、そういうものではないはずです。

我が家の記録を見ていると、先祖が財産を築くことができたのは、地域社会に貢献できたからです。

江戸時代にはまだ飢饉が起こるなど不安定な時代でしたから、土地を管理したり、収穫されたお米を統括する仕組みが必要でした。そのために、我が家にはお米や財が蓄えられ、飢饉などの非常時にそれを供出する役割があったのです。

つまり、

  • 社会や他人のお役に立てたからこそ財産が築けたし
  • 社会や他人に貢献するためにこそ財産はある

ということになります。

人や社会に貢献してこそ財産は活きる

ということは、単に「財産を守るだけ」「次世代に継がせるだけ」になると、財産は本来の役割を果たせなくなります。

もともとは社会や誰かに喜んでもらう役割を持っているのに、「守らねば」「引き継がねば」という義務感に縛られるだけでは、財産の持つ本来の価値や役割を果たせないのです。

ですから、「守らねば」「引き継がねば」という義務感・責任感に縛られる前に、先祖が遺してくれた財産が持つ本来の意味を問い直す必要があります。

もちろん、「単に守るだけでいいんだ」「それを先祖が望んでいるし、自分もそうしたいのだ」という場合は、義務と責任にのっとって財産を守ればいいでしょう。

ですが、その義務感や責任感を重たく感じてしまうのであれば、そこから抜け出して

  • 先祖が遺してくれた財産は本来どんな意味や役割を持つのか?
  • 自分が引き継いで、それをどうしたいのか?
  • その財産によって、社会や他人に貢献できることはないか?

という視点を持つことが必要だと思うのです。

ご先祖様が本当に喜ぶことって?

というか、僕自身がこんな風に考えています。

以前は……

  • 「後継ぎだから、先祖の財産をとにかく守らないと」
  • 「自分の勝手な判断で財産を使うのは、先祖が喜ばない」
  • 「何か失敗して食いつぶしてしまったら、それこそ永遠の罪である」
  • 「だから、絶対に次世代に引き継がなければならない」

と思い込んでいましたが、今では、

  • こんな義務感や責任感や罪悪感ばかりだと、自分の人生が不幸になるよね?
  • というか、財産を守るだけになったら、他の人も喜ばないよね?
  • そもそも、財産という形だけを引き継ぐことを、先祖は本当に喜ぶだろうか?

と考えるようになったのです。

「もともと社会や地域の人たちの役に立って、そうやって出来上がった財産なのだから、社会や地域が喜ぶために使うほうが、ご先祖様も喜ぶのでは?」

こう思うようになったのです。

義務感から脱却して「人のため」に財産を活かす

だから今では、僕は積極的に「先祖からの財産を守りたい!」と思っています。

そして、その“守る”は「貯め込む」とか「とにかく残すこと」を意味するのではなくて、他の人のために活用できる形にしたいのです。

ご先祖様が社会や地域の人たちのために頑張ったように、僕も先祖の財産を使って誰かのお役に立ちたいのです。

まだ具体的にどんなことをするのかは見えていません。ですが、財産に向き合う姿勢は、あくまでも「地域や社会に貢献するため」という心構えでいたいのです。

そして、こんな風に考えると、「守らないといけない」「食いつぶしたら悪」という考え方も不要になるのだと気づきました。

ぶっちゃけ、亡くなった人の気持ちはわからないし、先祖がどう考えているのか知るよしもありませんが、

「誰かのため」や「社会のため」を精一杯考えて、そのために財産を使ったのであれば、仮にそこで失敗して財産が無くなったとしても、ご先祖様は喜んでくれるのではないか

そんな風に考えました。

少なくとも、「守らねば」という義務感や「財産を無くしたら悪」という罪悪感は不要、だと思うのです。

最後に(先祖も自分も喜ぶ生き方を)

いかがでしたでしょうか?

おそらく、僕と同じような「先祖代々の財産を引き継がねばならない」という人は少ないでしょうし、そういった方々にも理解していただけない内容かもしれません。

ですが、もし僕と同じような境遇で悩んでらっしゃる方がいれば、少しでも心が楽になればと思って書かせていただきました。

あ。でも、この考え方になると、「先祖の財産を社会のために有効活用しよう!」となるので、逆に責任やリスクが大きくなるかもしれませんね(^^;;

ですが、その方が、自分自身の人生を歩めると思うのです。

単に「受け継いだ財産を守るだけ」「財産を引き継ぐだけ」で生きるとしたら、それは誰かから押し付けられた人生を生きることになります。

もちろん、それで幸せを感じられるのなら良いでしょうが、もし義務感や不幸ばかりを感じるのであれば、それは違うと思うのです。それってきっと、ご先祖様も喜ばないと思いますから。

これはあくまでも私見ですが、代々のご先祖様が喜ぶのは……

  • ご先祖様たちが生きた過去を思い返し
  • その時に「何のため」に頑張っていたのかに想いを馳せ、
  • そのご先祖様の想いや行動に敬意を払ったうえで
  • 今の自分が報えることを精一杯行うこと
  • そして、自分自身が幸福と充実を感じられる生き方をすること

だと思うのです。

僕自身は

  • ご先祖さまは地域社会のために頑張っていた
  • だから、それを見習って、ご先祖様の財産を活かしたい
  • 単に「守る」「引き継ぐ」だけではなく、今の時代に合わせて人や社会が喜ぶ形に活用したい
  • そうすることで、僕自身も幸せになるし充実したい人生を送れる!

と考えています。

少なくとも、無目的に「守らねば」「引き継がねば」「無くしたら悪」という義務感・罪悪感からは抜け出したいです(^^)

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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