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亡くなった人の分まで生きよう!自分の命の有り難さに気づいた話

亡くなった人の分まで生きよう!

ちょっと今日は、サラッと簡単に♪

僕は毎朝、神棚と仏壇に手を合わせるようにしています。

日々の感謝を神様とご先祖様に伝えたり、自分の心を調える意味があります。

で。仏壇には先祖代々の位牌がたくさん置かれているのですが、今朝は その中の一つに目を引かれました。

キュンっと引力が働いたように、その位牌に目が行きました。

その位牌は、僕の亡くなった妹のものです。

僕には妹が一人いますが、それより下にもう一人の妹がいました。

でも、母のお腹から産まれる直前に あの世に旅立ってしまいました。

だから、会ったことや話したこと、顔を見たことすらもありません。

ですが、たしかに彼女は僕の妹なのです。

で。そうやって考えたときに、

「彼女が生きられなかった人生を、僕は生かしてもらっているんだなぁ」

という風に感じました。

妹が実際に何を考え、どんな風に感じていたのかはわかりませんが、出産直前までお腹の中で育っていたということは、やはり この世で生きてみたかったと思うのです。

  • この世界にあるものを見たり聞いたり
  • 人と話したり触れ合ったり
  • それと共に自分が成長したり
  • 好きな人ができたり恋に落ちたり失恋したり
  • そして新しい命を授かって、その命を育てたり

というように、楽しいことや嬉しいことや悲しいことや苦しいことを経験したかったのではないかと思うのです。

ですが、それが出来ぬまま、この世界に生まれる直前に、彼女は旅立ってしまいました。

そう思ったときに

「そうか。僕は、妹がしたくても出来なかった経験を、今までさせてもらってきたのだなぁ」

「妹が生きたかった“人生”というものを、僕は有り難いことに歩ませてもらって来たのだなぁ」

と気づきました。

正直なところ、僕は今まで自分の人生に前向きではありませんでした。

ツライことや苦しいことが多いし、思い通りにいかないことばかりだし、したいことも出来なかったし、叶えたい夢があったのに挫折したし……

けれど、そういった

  • ツライことや苦しいこと
  • 思い通りにいかないこと
  • したいことが出来ないこと
  • 叶えたい夢が挫折すること

すらも、妹は経験できなかったわけです。

もしかしたら、そういったことこそ経験したかったかもしれないのです。

この世に生まれなかったら、死んでしまったら、ツライことや苦しいことも全て経験できないわけですから。

そう考えると、今までの人生における全てに意味があったのだと思います。

いえ。「今まで」だけでなく、「これからの人生すべてに意味があるのだ」と感じられます。

だって、ツライことや苦しいことも、生きていなければ経験できないことで、それを経験できることそのものが貴重なのですから。

「妹が生きられなかった人生を、僕は代わりに生きさせてもらってきた」

「もしかしたら、妹はずっと僕のそばにいてくれて、僕と一緒に色々なことを体験してくれていたのかもしれない」

そんな風に感じました。

その真偽はわかるものではありませんが、ただ確かなのは

「亡くなった妹のぶんまで、生きよう」

と思ったことです。

「彼女が経験したくてもできなかったことを、僕が代わりに思いっきり経験させてもらおう!」

そう思いました。

いえ。妹だけではなく、「今まで死んでいった全ての人の分まで生きたい」と思っています。

お盆の時期ということもあり、そんな風に亡くなった人たちのことに想いを馳せてみましたが、そのことによって“自分の命の有り難さ”を改めて感じることができました。

今日も明日も、亡くなった妹の代わりに……いえ、妹と一緒に、精一杯 生きられたらと思います(^-^)

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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