家族

妻と子どもの笑顔を見たいなら「妻と子どものために」と考えないこと

妻と娘の笑顔が見たいなら「妻と娘のために!」と考えないこと

妻と子どもに笑ってて欲しいな、と思います。

これってたぶん、多くの男性が抱く想いでしょう。僕自身もずっとこの想いを持っていました。

  • 結婚してからは
    「妻に笑顔でいてもらいたい」
  • 子どもが生まれてからは
    「子どもにも笑顔でいてもらいたい」

これが自分の行動原理であり、生きる意味だったように思います。

だから、「妻と子どものことを最優先に!」と思って生きて来ました。もちろん自分のやりたいこともするけれど、その上で「妻と子どものために!」を考えていたのです。

ですが、最近になって、その考えが間違っていることに気づきました。

「妻と子どものために!」なんて考えるのは、男の生き方として間違っているのです。

いえ。もっと正確にいうと、「妻と子どものために」と考えている時点で、妻と子どものためになんてなっていないのです。

「○○のために」と意識的に考えている時点で、それは見返りを求めることになり、実は相手のためではありません。

本当に誰かのためを思っているのなら、「○○のために」なんてことを考えず、勝手に心と体が動くもの。

つまり、本当に妻と子どものために生きているのなら、「妻と子どものために」という思考は働かないということなのです。

ですから、「妻と子どものために」と考えている時点でまだまだ甘い、と言えます。

妻と子どもを遠くまで車で送ったら

ブログへのご来訪、ありがとうございます! 「農マドワーカー」のつじばやしです(^^) 大阪の郊外で自然農法の田んぼをしながら、インターネット関連の仕事をしています。

昨日は、妻と娘と一緒に京都まで行って来ました。

妻が「京都の友だちに会いに行く」というので、車で送って来たのです。

ですが、京都に残ったのは妻と娘だけ。僕はすぐに家に戻りました。
(そして、妻と娘はそのまま京都にお泊りし、今日もどこかへ遊びに行くそうです)

我が家から京都までは、高速道路を使って1時間ちょっと。でも、電車・バスだと2時間くらいかかるので、

「車だとめっちゃラク〜〜〜〜♪」

と、妻はとても喜んでくれたのでした(*^^*)

理由は自分がそうしたかったから

一見すると、僕はおバカなのかもしれません。

せっかく遠方の京都まで行っているのに、妻と娘だけを送り、そのまま帰って来たのですから。

まあ、家で仕事や用事があったからという理由もありますが、どうしてそんな行動をとったかというと……

「なんとなく、そうしたかったから」

です。

ぶっちゃけ「妻と娘のため」というよりも、自分がそういう行動を取りたかったから、妻と娘を車で送ったのでした。

あとは、「久しぶりに高速道路を走ってみたかった」とか「京都市内の道路は苦手なので、その苦手を克服したかった」とか、そういった理由もあります。

ですが、「妻と娘のために!」という気持ちはほとんどなく、本当に“なんとなく”だったのです。

自分の想いに従ったら妻が笑顔になった

あ。でも、「妻と娘とできるだけ一緒にいたい」という気持ちはありました。

冒頭でお伝えしたように、「妻と子どもの笑顔を見ていたい」といつも思っているので、できるだけ長い時間いっしょに居たいのです。

だから、「京都まで車で送る」という理由にかこつけて、その自分の欲望を満たそうとしたのでした。

つまり、自分の感覚と欲望に忠実に従った結果、「遠くの京都まで車を運転する」という行動が生まれたわけです。

けれど、その自分の感覚と欲望に従った行動が、結果的に「妻が笑顔になる」という流れを生んでくれました

「妻と子どものために!」と意気込むと……

思い返してみると、「妻と子どものために!」と意気込んだ行動って、成功したことがあまりありません。

むしろ、妻に気を遣わせてしまったり、気分を悪くさせてしまったりして、逆の結果になることが多かったように思います。

どうしてなのか?

今から振り返って考えると、

「妻と子どものために!」という想いゆえに、感謝や見返りを求めてしまったから

だと思います。

そうなんです。「妻と子どものために!」というと聞こえはいいですが、それって「自分の感覚や欲望も妻と子どもを優先している」ということ。

もっと言うと、「自己を犠牲にしている」ということになります。

つまり、自分をすり減らして、妻と子どものために頑張っている状態なのです。

ですが、“すり減った”分があると、人間はそれをどうにかして埋めたいと思います。これは理性や思考や性格がどうのこうのではなく、本能的に湧き上がるものです。

その結果、相手である妻や子どもに対して、「感謝をしろ」「見返りをくれ」という気持ちが生まれてしまうのです。

たとえ言葉でそう言わなくても、「感謝が欲しい」「見返りが欲しい」という雰囲気やオーラが伝わり、相手を嫌な気分にさせてしまうんですよね……。

「妻と子どものために」と考えてる時点でダメ

となると、「妻と子どものために!」と考えている時点で、ぜんぜん妻と子どものためになってない、ということになります(^^;;

僕はこういうことを、今までたくさんやっていました。

「妻と子どものために!」と考えて行動しながら、結局は妻と子どもに対して(特に妻に対して)感謝や見返りを求め、逆に気分を悪くさせてしまっていたのです。

もう少し具体的に言うと……

  • こんなに頑張ったんだから、感謝をしろよ!
  • こんな凄いことをしたのだから、僕のことをもっと認めろよ!
  • こんなに君のために行動したのだから、僕のことももっと応援してくれよ!
  • こんなに愛情を注いでるんだから、もっとオレを受け入れろよ!

という感じです。

最後のはちょっとオブラートに包みましたが、アレです……もっと露骨に言うと、「ヤラせろよ」ってことです。

……って、こんな風に書くと、めっちゃ嫌な感じですね(- -;;

「この男、ちいせえっ!」

ってなってしまいますね。

ですが、こういったことを無意識にやってしまっていたということなのです。

本当に家族のことを大切にするなら

ですので、ここから導き出される結論は

「妻と子どものために」と考えている時点で、男としては二流

ということです。

もちろん、家族のことを全く考えず自分のワガママ放題で生きているのに比べたら、ずっとずっとマシです。
(個人的には、そういうのは三流以下の生き方だと思ってます。あくまで「個人的には」ですよ!)

けれど、本当に家族のことを幸せにできる男性って、そういったことは考えないと思うんですよね。

自分の想いにしたがって自然体で行動していたら、それがいつの間にか妻と子どもの笑顔につながっている

そういうものだと思います。

というか、「そういう男でありたいなー」と僕自身は思っています。

その境地には全然たどり着けていないですが、その理想形を目指して日々精進したいです(^-^)

まとめ

というわけで、今までお伝えしてきたことをまとめると、

妻と子どもの笑顔を見たいなら
  • 実は「妻と子どものために!」と意気込むほうが逆効果になることが多い
  • なぜなら「○○のために!」というのは自己犠牲が前提になっており、その結果、相手に感謝や見返りを求めてしまうから
  • むしろ、自分の感覚や欲望にしたがって行動をとり、それが自然と妻と娘の喜びにつながる流れをつくる
  • ポイントは「妻と子どもの笑顔を見たい」という気持ち。
    その気持ちに素直になって、できるだけ家族と一緒にいるようにする

となります。

あくまでも個人的な経験と価値観に基づくものですが、ご参考になるところがあれば幸いです(^-^)

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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