メンタルマネジメント

平日の昼間に子どもとカラオケで遊んで罪悪感が湧いてしまった件

平日の昼間に遊んで罪悪感が湧いてしまった

本日のお昼、4才の娘とカラオケに行きました。

現在、娘は足をケガしてギプスをはめているため、幼稚園に預けられず、妻が出勤日のため、僕が子育て担当になったのです。

とはいえ、足以外はめっちゃ元気なので……いえ、単にギプスをはめているだけで普通に歩けるので、娘のエネルギーはありあまっており、それをどうやって発散するかを考え、カラオケになったのでした。

ですが、何なんでしょう? カラオケルームにいると湧き上がってくる、この罪悪感は???

今日は平日の金曜日。何の変哲もない日です。

いえ。この“平日の昼間”だからこそ、遊んでいると罪悪感が湧いてしまうのです。

全く悪いことなんてしていないのに、「なんとなく悪いことをしている」という感情が湧いて来ました。

もちろん娘とのカラオケは楽しかったのですが、この感覚の正体は一体何なのか? それを探っていきたいと思います。

平日の昼間に遊ぶと罪悪感が……

ブログへのご来訪、ありがとうございます! 「農マドワーカー」の辻林です。大阪の郊外で自然農法の田んぼをしながら、インターネット関連の仕事をしています。

昨日は稲刈りも終わったことで一段落し、今日は娘と一緒にカラオケに行きました。

ですが、「平日の昼間に子どもと遊ぶ」ということに罪悪感を感じてしまいました。

この原因は何なのか? 結論を先に言うと……

「他の多くの人とは違う行動をとるのはダメ」という思い込みがあるから

だと推測しています。

「平日の昼間」というのは、多くの人が仕事をしている時間帯です。そこで、多くの人とは違った行動を取ることで、罪悪感が生まれたのではないか、ということです。

集団行動を重視する日本人

では、なぜ「他の人と違うとダメなのか?」という疑問が湧いてくるのですが、これはよく言われるように

日本人は集団行動を重視するから

だと考えています。

このことについては以前の記事にも書きました。

お米作りは一人ではできない
嫌われる勇気は本当に必要?嫌われたくない気持ちへの対処法『嫌われる勇気』という本があります。 近年ベストセラーになって、ドラマ化もされました。 心理学の隠れた巨匠とされたアルフレッ...

この記事では「日本人は“嫌われたくない”という感情を捨て去るのは難しい」ということをお話ししています。

どうしてかというと、日本人は長い歴史の中で集団行動によって命をつないできたからです。

集団行動でないと食べていけなかった

もっと具体的に言うと、田植えや稲刈りなどをずっと集団で行って来たから、だと考えています。

この田植えや稲刈りは食糧を生産する行為です。

食糧というのは人間の命を支えるものですから、こういった稲作の作業は自らの命に直結します。

そして、機械のない時代には、田植えや稲刈りは近隣の人たちと協力して行わざると得ませんでした。

現代では農業機械が発達しているので、一人や少人数であっても稲作を行うことができます。ですが、機械がない昔には、周辺の人々が全員で一斉に田植えや稲刈りを行っていたわけです。

いえ。一斉に行わないとお米づくりができず、自分の命をつなぐことができませんでした。

ということはつまり、こういう図式が生まれます。

集団行動=自分が生きるために不可欠な行動

そう。長い歴史において、日本人は田植えや稲刈りなどの集団行動を取ることで、食べるものを手に入れ、自らの命をつないできたのでした。

周囲との協調を重んじる感覚

って、僕は歴史の専門家ではないし、脳科学などで人間の身体構造を研究しているわけではありません(^^;;

ですが、実際に田んぼでお米づくりをするなかで、こういった感覚があることを体感しているのです。

そして、我が家は古くからムラの結びつきが強い地域にありますが、近所の方々とお話ししていると、「周辺との協調を大切にする」という意識が強いように思います。

ですから、「周囲と協調することが大事」「集団行動によって命をつなげる」という感覚が、日本人の心に根強くあるのではないか、と推測するのです。

罪悪感が湧くのは自然なこと

となると、今日 僕が感じた罪悪感も自然なものだと言えます。

多くの人が働いている平日の昼間に娘と二人で遊びに行ったわけですが、これは集団行動からは外れることです。

ですから、それによって

  • みんなと違うから、自分は良くないことをしている
  • 協調性を欠くから、命が危ういかもしれない

という感覚が湧いてしまったのではないか、と。

もちろん色んな要因が考えられますが、一つの仮説としてこういうメカニズムが働いているのだと考えました。

ですが、こういう風に考えると色々とメリットがあります。

罪悪感が湧くのに理由や原因など無い

どういうことかと言うと、こういった罪悪感が湧いたときに、

「ま。いっか♪」

と思えるからです。

罪悪感にしろ何にしろ、ネガティブな感情が湧いたときに、人は色々と考えてしまいます。

「自分はどうしてこんなことを感じたのだろう?」

「こんなことを感じるなんて、おかしいなぁ」

「何が原因があるのではないか?」

「もしかしたら、自分に足りない部分があるのではないか?」

みたいに。

まさに今回の僕がそうだったわけですが、先ほどのメカニズムを当てはめると、こういった余計な思考は一切不要で、

「そっか。集団行動から外れたから勝手に罪悪感が湧いたのか!」

とシンプルに割り切ることができます。

「自分が何か足りない」とか「原因は何か」とか考える必要なんて全くなく、

日本人だから勝手にネガティブ感情が湧く

ということにしておけば、余計に複雜に考えることもなく、自分を無理に変えようとすることなく、サラッと流すことができるわけです。

そんなわけで、今回 僕は

  • なんか知らんけど、集団行動から外れると罪悪感が湧いた
  • けど、これには特に原因はなくて、そういうもの
  • なら……まあ、いっか!

と割り切ることにしたのでした。

まとめ

とはいえ、そもそも こんな風に罪悪感が湧くのは僕だけかもしれませんね(^^;;

今は「個人の時代」と言われていますし、会社や組織に縛られずに自由に活躍する人がどんどん増えています。

だから、「集団行動が大事だ!」「みんなと違うことをしたら罪悪感が湧く」という人は減っているかもしれません。
(そもそも、稲作をする人は戦後にだいぶ減りましたし……(^^;)

それに、

  • 集団行動=命を守るために必須
  • 集団行動から外れると「悪い」と自動的に感じる

というメカニズムも、完全なる僕の妄想かもしれませんし。

ですが、もし今日の僕と同じように感じる人がいたなら、「こんな風に考えるとスッキリするかも♪」ということで、こんな風に書かせていただきました。

何かしらお役に立てるところがあれば幸いです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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