子育て

子どもが食べる料理に心はかけるけど手間をかける必要はないかも

子どものご飯に心はかけるけど手間はかけない

「子どもには良いものを食べてもらいたい」

これは、どんな親でも願うことではないでしょうか。

かく言う僕自身も、4才の娘に対してそう思っています。

ですので、ご飯を作るときはいつも心を込めます。

でも、「心をかけたとしても、手間をかける必要はない」ということを最近感じています。

なぜなら、こちらがどれだけ手間をかけても、子どもが気に入らないものだと全く食べてもらえないからです(^^;;

どれだけ栄養のバランスを考えても、食べてもらえないければ本末転倒。

無理やり食べさせるという方法もありますが、それだと せっかくのご飯が美味しくなくなってしまいますよね……。

なので、「美味しく食べてもらいたい」「良いものを食べてもらいたい」という気持ちは大事にしつつ、子どもに対して押し付けにならないように、余計な手間をかけないことを心がけています。

子どものごはんに心をかけるけど

ブログへのご来訪、ありがとうございます! 「農マドワーカー」の辻林です(^^) 大阪の郊外で自然農法の田んぼをしながら、インターネット関連の仕事をしています。

そして、妻は海外旅行の添乗員をしているのですが、現在はスペインのツアーで出張中。あと一週間ほど家を空けます。

そんなわけで、我が家の4才の娘とは、僕が一緒に過ごしています。
(我が家は二世帯住宅のような感じで僕の両親と同居しているので、時々 手を借りながら)

ですので、彼女の食事を用意するのも僕の担当。

そんな中で気をつけているのが、

子どもが食べる料理に心はかけるけど、手間はかけない

ということです。

手間をかけたのに食べてもらえない!

こんなことを言うと、ご批判を受けるかもしれません。それは重々承知していますm(_ _)m

ですが、僕がこう考えるようになったのは、今までの数々の失敗経験があるからなのです(^^;;

以前の僕は、「子どもが食べる料理には、心をかけるべきだし、できるだけ手間をかけて作るべきだ」と思っていました。

けれど、そうやって頑張って作っても、実際には喜んでもらえないことの方が多かったのです。

いえ。むしろ、手間をかけて作ったものほど、食べてもらえませんでした……。

これは、我が家にだけ当てはまることかもしれません。でも、「子どものことを想って頑張って作ったのに食べてもらえない」というのはかなりの衝撃で、

「なんでやねん?!」
「こんなに頑張ったんから、食べろよ!」

と、とても腹が立ってしまっていました。

けれど、これこそ本末転倒で、

  • 「子どものため」という目的なのに
  • 実際に作ったものを食べてくれなくて
  • それでガッカリして感情が乱れて
  • 子どもに対して怒ってしまう

という、子どもにとっても親にとっても“悲劇”になっていたのでした。

子どもの好きな材料でシンプルに

それに、子どもの食べる様子を普段からよく見ていると、手間がかかったものよりも、サラッと作ったものを喜んでくれることが多いのです。

うちの娘が そこまで料理にこだわりがないからかもしれませんが、

  • 単純にソーセージを茹でたものが好きだったり
  • ニンジンを蒸しただけのものが好きだったり
  • シャケを焼いただけのものをバクバク食べたり
  • 毎日のように卵かけご飯を食べたり

という食事を好む傾向にあったのです。

つまり、たくさん手間をかけるよりも、実は手間をかけないものの方が喜ぶ、ということ……

いえ。もっと正確に言うと、

子どもの好きな材料でシンプルに調理した方が喜ぶ

ということがわかったのでした。

誰だって嫌いな料理や苦手な食材がある

けど、これって当然のことですよね(^^;;

子どもだけに言えることではなくて、大人だってそうです。

何かのきっかけに高級料理店へ行って“こだわりの一品”を出されたとしても、そこに嫌いな食材が使われていたら食べたくはありません。

僕はソラマメやエンドウ豆が嫌いなのですが、仮に「10時間以上の手間をかけてソラマメとエンドウ豆の最高料理を作りました!」と言われても、ぶっちゃけ食べたくありません。

なので、これと同じように、親がどれだけ子どものことを想って、どれだけ手間と時間をかけて作ったとしても、それが嫌いな料理だったり苦手な食材が使われていたら、食べたいとは思わないのです。

めっちゃシンプルなことですが、以前の僕はこれに気づいていませんでした。

子どもの食べる料理を作るときは、

「よし! 大切な娘のために一生懸命つくるぞ!!」
「できるだけ時間と手間をかけて、最高の料理に仕上げる!」
「ありったけの心を込めてつくるんだ!!」

と思い、やたらと手間や時間をかけて料理をしていました。

けれど、実際には、あまり食べてもらえない結果に終わっていたのです。

その手間は“押し付け”ではないか?

まあ、今から振り返ればわかるのですが、これって“押し付け”なんですよね(^^;;

「子どものため」と言いながら、

  • 自分の頑張りを認めてほしい、とか
  • 自分のスゴさを感じてほしい、とか
  • 子どもに「美味しい」「ありがとう」と言ってもらいたい、とか

完全に親のエゴが丸出しだったわけです。

であれば、当然のことながら子どもには喜んでもらえず、こちらの期待した結果は得られないことになります。

というか、そもそもの話として

「手間をかけること=心をかけること」となっているのがオカシイ

のです。

「手間をかける」は自己満足

以前の僕にはここが盲点だったのですが、「手間をかければ心をかけたことになるか?」というと全く違います。

「手間をかける」というのは、あくまで こちらの都合であり、相手のことを思ったものではありません。

そこに沢山の労力や時間をかければ「手間をかけた」ことになるので、相手(他者)のことは関係なしに、自分だけで完結するからです。

つまり、極端に言うと、「手間をかける」というのは自己満足に過ぎない、ということです。

一方で「心をかける」というのは、相手のことを優先します。

自分よりも相手(他者)が喜ぶことを第一の目的にするわけです。

となると、そこに「どれだけ手間をかけたのか?」や「どれだけ時間をかけたのか?」は関係はありません。

だって、単純に相手が喜べばいいわけですから。

たとえ料理を作る時間が1分だけだったとしても、相手の喜ぶ食材を選び、相手が満足する料理を提供できれば、それは「心をかけた」ことになります

相手のことを優先して「心をかける」

実際、今日の晩御飯は15分ほどで作りました。

娘が好きなベーコンとタマゴを使って、チャーハンを作ったのですが、正直めっちゃ簡単な料理です(^^;;

あ。でも、ちゃんと野菜も採れるように、ニンジンを細かく切って柔らかく炒めたものを混ぜ込みました。

手間をかけず作りましたが、娘は喜んで食べてくれました!

そして、娘は美味しそうにバクバクと食べてくれたのです♪

以前は、「娘の健康のために!」「自然で美味しいものを!!」と2時間ほどかけてポトフを作ったりしていましたが、あまり食べてもらえませんでした……。

つまり、「手間をかけた」ものは喜んでもらえず、むしろ手間をかけずにサラッと作ったものの方が喜んでもらえたのです。

いえ。「手間をかけないほうが喜んでもらえる」ということではありません。

そうではなく、しっかりと子どもの気持ちや好みを考えて、それを踏まえて「心をかけて」料理すると喜んでもらえる、ということです。

子どもも親も笑顔になるご飯を作りたい!

そしてこれは、子どものためだけではなく、自分のためでもあったりします。

だって、余計な時間や手間をかけずに済むので、こちらの負担も小さくなるんですよね。

むしろ、手間と時間がかからずに出来て、しかも子どもにも喜んでもらえるので、料理を作るのが楽しくなります♪

なので、今は妻が出張中で、自分ひとりで家事と仕事をこなしながら子どもの御飯を作るのですが、「心はかけるけど手間はかけない」方式だと無理なく笑顔で食事の用意もできるのです(^-^)

子どもに食べてもらう料理というと、

  • 将来のためを思って作らねばならない
  • 一生懸命がんばって作らねばならない
  • 時間や手間をかけることこそが正義だ

みたいに思ってしまいがちですが、実はそうではないと僕は思うのです。

もちろん、「心をかける」ということはするのですが、子どもが喜ばないような手間は不要だと思うのです。

むしろそれは“自己満足”に過ぎず、子どもが喜ばないばかりか、親である自分の首も締めてしまいます。

であれば、子どもの好みや気持ちを考えたうえで、「心はかけるけど手間はかけない」という姿勢でご飯をつくるほうが、子どもにとっても親にとっても幸せな食事を生み出せると考えています。

あくまでも個人的な考え方ですが、ご参考になるところがあれば幸いです(^-^)

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 ブログは毎日更新しているので、よかったらまた遊びに来て下さいね!

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