ブログ運営法

ブログにネガティブな反応が!というときでも落ち込まない思考法

↑上の写真は、『しそわかめ』をかけたご飯です。

子どもの頃から僕が大好きだったふりかけです。

が、僕の4才の娘は「美味しくない!」とバッサリ切ります。

以前に一度食べたきり、もう二度と食べなくなってしまいました。

「なんで? こんなに美味しいのに?!」

と思うのですが、彼女の味覚を変えることはできません。

ですので、僕がどれだけ『しそわかめ』が美味しいと感じたところで、その感覚を娘に伝えることは出来ないのです。

これは、日々受け取る“情報”に関しても同じ。

人には情報に対する“好き嫌い”や“先入観”があって、どれだけ正しい情報であっても、どれだけ丁寧に伝えられた情報であっても、きちんと受け取ることはできないのです。

「これイヤ!」
「受け入れられない!」
「自分はこうだから!」

という風に、情報そのものよりも、受け取る人の感覚や考え方に大きく左右されてしまいます。

もちろん情報を伝える側は、できるだけわかりやすく、できるだけ丁寧に説明や表現をすべきだと思います。

ですが、それだけでは、伝えたい内容が相手に伝わるとは限らないんですよね……。

プロの料理人さんが心を尽くして精一杯に料理を作っても、食べる側の“好き嫌い”や“先入観”によって受け入れてもらえないのと同じように。

そしてこれは、ブログ運営にも言えることなんです!

ブログにネガティブ反応をいただきました

ブログへのご来訪ありがとうございます! 「農マドワーカー」のつじばやしです(^^) 大阪の郊外で自然農法の田んぼをしながら、インターネット関連の仕事もしています。

毎日書いているこのブログですが、おかげさまで1年半近くの期間を継続することができました。

ただ、こうやって長い期間やっていると、ブログ記事に対して時々ネガティブな反応もいただきます

今朝も実は、そういったことを目にしたのでした(^^;;

自分の伝えたいことが伝わらない悲しさ

「あー、そっかー。そういう風に伝わるのかー」

と、最初は驚きや意外さを感じました。

詳細に書き出すと長くなるので控えますが、その記事で自分が一番伝えたかったことが全く伝わっていなかったのです。

なんというか、最初のタイトルだけで全てを判断されて、中身をきちんと読んでいただけていない感じでした(^^;;

まあ、ブログの宿命と言えば宿命ですが、本来の意図と真逆の解釈をされていたので、僕自身は驚きでした。

そして、真逆の内容で伝わったのであれば、ネガティブに感じるのも当然で……そこからかなりヘコんでましたorz

「そっかー。僕の表現が拙かったんだな」

「きっと言葉足らずのところがあったんだろうな」

「そもそも文章の流れが悪かったかもな」

……と。

もともとネガティブを抱えていたのでは?

ですので、これからブログを書くときに、自分の表現を磨くことは忘れたくないです!

ただ、ひとりきり凹んでから、冷静に戻って記事の内容やネガティブ反応を読ませていただくと……

「あれ? なんでそんな反応になるのかしら?」

ということも思いました。

「およよよよよ。僕、そんなこと書いてないよね?」
「記事の本来の内容とは、全く違ったことになっちゃってるよね?」

……と。

そして気づいたのです。

「あ、そっか! この方はご自身の読みたいように、この記事を読んだのか!」

ということに。

そうなんです。

僕の記事を読んだから そのネガティブワードが出てきたのではなく、もともとネガティブな考えがあって、それを引き出すためのきっかけを探していて、たまたま僕の記事を見つけた、という可能性も考えられるのです。

人が怒るのは自分の中に“目的”があるから

これと似た話が、アドラー心理学について書かれた『嫌われる勇気』にも出てきますね。

うろ覚えですが……

  • 人が何かに対して怒るのは、現実の事象が起こったからではない
  • もともと「怒りたい」という目的が潜んでいて、その事象が起こったことに無理やり関連づけて怒るのだ
  • だから実は、感情とは現実の事象が原因なのではなく、自分の何らかの目的を叶えるために生み出されるもの
  • 言い換えると、現実の事象はきっかけに過ぎず、感情の本来の発生原因は自分自身の中にある

という感じ。

なので、かなり乱暴な言い方をすれば、「怒りたい」という目的を持っている人は、単に声をかけられただけでも、相手が善意であっても、目の前の行動にかこつけて怒りの感情を発生させるわけです。

でも、こういうことって心当たりありませんか?

僕自身はすごくあって、何か上手くいかないときやムシャクシャしているときは、その時に起こった些細なことで怒りの感情を出してしまいます。

逆に、すごく気分がよいときであれば、同じ出来事が起こっても笑顔でニコニコ通り過ぎることもあります。

つまり、現実の出来事や行動が原因なのではなく、その人の中に元々あるものが発生原因となっている、ということです。

ブログへの反応も相手の“好き嫌い”次第

で。これと同じことが、ブログ記事にも起こるんだと気付いたのです。

今日いただいたネガティブ反応は、自分が意図しない内容だったので、めっちゃヘコみました。

でも、冷静な視点で見てみると、

「あー。きっと、この方は元々ムシャクシャした何かを抱えていて、そのときに偶然このブログに出会って、それをきっかけにしてムシャクシャを表出させたんだろうなー」

という解釈もできたのです。

もっとわかりやすく言うと

食べ物に“好き嫌い”があるように、人や意見に対して“先入観”があるように、もともとご自身の中にある好みの傾向や考え方があって、それを当てはめながら記事を読まれたのだろうな

ということですね。

その結果、「この記事はダメだ」というレッテルを貼られたのではないか、と。

ブログ記事そのものに罪はない!

“好き嫌い”や“先入観”って その人自身の中にあるもので、他人がどれだけ工夫や努力をしたとしても、イヤなものはイヤだし、受け入れられないものは受け入れられません。

うちの娘は ふりかけの『しそわかめ』が嫌いなので、それが目の前に現れた瞬間ディスります。

けれど、『しそわかめ』自身に罪はありません!

それと同じことがブログ記事にも言えて、

どれだけ一生懸命書いたものでも、人によってはネガティブな反応になる

ということ。

そして、仮にネガティブ反応をいただいたとしても、自分で読み返してみて

  • 自分の今持っている情報とスキルで、精一杯書くことができていた
  • できるだけ客観的な視点で見る限り、論理矛盾や構成に落ち度はない
  • 何より、自分が心から伝えたいことを一生懸命書いたものだ!

と思えたなら、そのブログ記事にも罪はありません!

もちろん、後で自分が成長してから見返すと、色々と修正すべき点が出てくるでしょうが、“その時点において”満足できるのならそれでOKだと思うのです。

たとえ腕の良い料理人でも食べる人の“好き嫌い”を変えることができないように、どれだけ言葉を尽くして書いた記事でも、読者さんの“好き嫌い”や“先入観”を変えることはできないのですから。

最後に

とはいえ、今回書いてきたことも、僕の“好き嫌い”や“先入観”を多く含んでいるので、「これが正解です!」なんてことは言えません(^^;;

それに、せっかくブログを読んでくださったのに嫌な気持ちにさせてしまったのは、やっぱり申し訳ないですし……orz

ただ、人からの反応を気にしすぎて、肝心の記事を書けなくなっては本末転倒!

ブログってやっぱり、自分の書きたいものを書いていくことが一番だと思うので。

そんなこんなで、自分の精神衛生を保つためにも、今回の記事を書かせていただきましたm(_ _)m

もしブログへのネガティブ反応で悩まれている方がいれば、少しでもお役に立てば幸いです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!

ABOUT ME
つじばやし@農マドワーカー
つじばやし@農マドワーカー
「ノマドワーカー」ならぬ「農マドワーカー」です。 地元の田んぼで無農薬のお米づくりをしながら、IT関連のお仕事をしています。 よかったら、またブログに遊びに来て下さい!

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